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桜の蕾《完結》  作者: アレン
3章
32/99

32.決戦前夜

「おいさっさとしろ。ぐずぐずするな」


前の方から男の怒鳴り声が聞こえる。

半日以上歩き通しでみんなの足取りは重く、私も息が上がり足を動かすのが億劫だ。


「大丈夫か?」


前を歩いていた凜太郎が振り返りながら聞いてくる。

息ひとつ上がらず、なんなら今から走ってもいいというくらいに余裕な彼が今の私には同じ人間とは思えない。


「だ、だいじょうぶ」

「ほら荷物ひとつ渡せよ」


同じように平然としている忠が私が担いでいる荷物を指さした。

だけどここで持ってもらったら負けな気がして、私は足を速め二人を追い抜く。


「大丈夫!!」


意地になっているのが丸分かりな私の行動に凜太郎と忠はおかしそうに笑っていた。




***************



「止まれ」


あれから一時間くらい過ぎ、林の中の少し開けた所で集団は動きを止めた。

結局速足のまま歩き続けたので正直もう十分も歩けない状態になっていなので助かった。


「おいまだへばるなよ」

「もう少しだから頑張れ」


今にもその場に座り込みそうになっている私を二人が左右から支えてくれる。

前の方で戦について話しているけど、疲れ果てた私には全く頭に入ってこなかった。

後で忠に詳しく聞かないとな、とぼんやり考えつつ倒れないよう必死に足に力を入れていた。


「では今日のところは解散だ。十分休み戦に備えろ」


やっと話が終わり、疲れたため息がこぼれつつそれぞれ休むために移動し始める。


「ほら終わったぞ」

「う、うん」

「歩けるか?」

「多分」


と言いつつゆっくりとそばにあった木の方へ向かう。


「はぁぁ」


たどり着いた瞬間私はその場に倒れこんだ。

そうすると一気に疲れが襲い掛かりもう指一本も動かしたくない。


「お前本当に体力ねぇな。そんなんでこれから大丈夫なのか?」


私を呆れ顔で見下ろす凜太郎。

確かに体力がないのは事実だけど、平然と立っている二人は絶対におかしい。

だって他の人は私ほどではないけど疲れた顔で座り込んでいるんだから。


「さっきの話聞いてたか?」

「ううん全く。だから教えてほしいんだ」

「あ、俺もだ。聞いてたけど全然理解できなかった」

「まぁお前はそうだろうな」


二人が座ったので私も体を起こして座りなおした。


「今回の敵は江良房栄えら ふさひでという陶の腹心である男が頭だ。ここと厳島の方を攻めてくるらしい。まぁ俺たちが戦うのは本陣ではないようだけどな」

「本陣じゃないってことはそんなに大きな戦いにはならないってこと?」

「厳島とかに比べればな。だけど戦は戦だ。覚悟はちゃんと決めておかないと」

「そうだな。まぁ今は休もう。疲れたまま戦って死んだなんてことになったら笑えないしな」


凜太郎がそう言ったことにより今日のところはもう休もうという事になった。





***************


「はぁ」


眠ろうと目を閉じていたけど、気が立っているのかいっこうに眠れない。

すっかり夜は更け辺りは寝息だけが響いていた。

横を見ると凜太郎がすやすやと気持ち良さそうに眠っている。


あれ、忠がいない。


近くにいたはずの忠の姿はなく辺りを見回す。

だけど見える範囲に彼はいなく、私は凜太郎を起こさないようにゆっくりと起き上ってその場を離れた。

眠る人の間を起こさないよう慎重に歩いていき、みんながいる場所から少し離れた木の陰に忠が腰かけているのが見えた。


「忠」

「ん?あぁ秀か」


恐る恐る声をかけると、忠は振り向き笑みを浮かべて手招きをした。


「どうした、眠れないのか?」

「うん。なんか目が冴えちゃってさ。忠は?」

「俺もそんな感じだ。まぁこんな状況で呑気に寝てられるのは凜太郎くらいだろう」

「それもそうだな」


確かにここに来るまでの間なるべく静かに移動してきたけど、みんな完全には眠れていないみたいで何人かは起きていた。

私からすれば忠も十分落ち着いているように見えるんだけど、いびきをかくくらい寝ている人は凜太郎だけだ。


「なぁ秀、お前に聞きたいことがあるんだ」

「何?」


改まったように聞いてきた忠はとても真剣な顔をしている。

一体何を聞いてくるのかとドキドキした。


「昨日、聞きそびれたこと。なんでお前がここに来たのか教えてくれないか?」

「え、それは……」


どうしよう。

また聞かれるかもとは思っていたけどこんなに早くなんて。

どう答えようか考えていなかった。

前回は途中で会話が中断されて助かったけど、今はそれを期待することは出来ない。


「ど、どうして気になるんだ?」


苦し紛れに質問で返してみると、彼は少し悩むようなそぶりを見せた。


「なんだかお前には俺たちとは違う理由があるんじゃないかと思ったんだ。それが何なのか知りたい」


その言葉に表情が凍った。

自分がスパイだと気付いているのではないかと冷や汗が流れる。


「えっと……」


ここはもう嘘を言うしかないのだろうか。

だけど彼に嘘をつきたくない、それに今即席で考えた嘘は通じないと思う。


目を泳がせ顔を真っ青にさせていく私を見て、忠はフッと笑みを浮かべ私の頭を叩いた。


「いやもういいよ。何か言えない理由があるんだろう」

「あ……」

「じゃあ質問を変えよう。お前今会いたいと思う人はいるか?」


いいと言ってもらえホッと胸を撫で下ろしていた私は、次にきた質問に少し戸惑った。

会いたい人か、それくらいなら言っても大丈夫かな。

名前を出さなければいいだけだよね。


「うんいるよ」

「そうか。どんなやつなんだ?」

「そうだなぁ。すごく優しい人かな。どんなひどい扱いをされてても自分は大丈夫っていう風に笑うんだ。そんな姿を見ていたらなんだかほおっておけない」


目を閉じて殿のことを思い出す。

いつも笑っていたけど、本当は心の中では何を思っているのだろうか。

彼と別れてから随分経つけど元気にしているかな。


ぼうっとそんなことを考える。

だけどハッと今の状況を思い出し、慌てて忠の方へ視線を戻す。

彼はこちらを優しい目をして眺めていた。


「あっと、ごめん」

「いや、お前の会いたい人は想い人なんだな」

「えっ?!」


何でばれたの?!

好きなんて一言も言ってないよね。


「どうして分かったんだって顔してるな。そいつのこと話している時のお前の顔を見れば誰だって気づく」


凜太郎も気づくかもなと笑った忠の言葉に頬が赤くなる。

そんな分かりやすいくらい顔に出てたなんて……

恥ずかしくて忠から顔をそむける。

だけと彼の視線は私に向けられたまま、おそらく同じように優しげな眼をしているのだろう。

それに耐えられず私は勢いよく彼の方へ向き直る。


「そういう忠はどうなんだよ」

「いるよ」


叫び気味に言った問いかけは忠の平然とした答えによって返された。

あまりに当然の様に言ったそれに驚いたけど、忠の表情を見てあることに気付く。


「もしかして忠の好きな人?」


そう尋ねると忠は答えずただ微笑んだ。

だけどその表情が私の考えが当たっていたのだと分かる。


「どんな人?」

「幼馴染なんだ。兄思いの優しい奴だ」

「へぇ。あ、もしかして凜太郎の妹さんだったりして、なんて……」


ほんの冗談のつもりで言ったんだけど、忠は全く表情を変えず微笑んだまま。


「え、もしかして当たっちゃった……のか?」

「秘密な。凜太郎は気づいてないんだ」


指を口元で立てて言った忠に首を上下に何度の振る。

その仕草は天然なのか狙っているのか、こんなかっこいい感じに言われたら誰でも従わずにはいられないだろう。

こんな無意識に女の子を惚れさせてきたであろう忠を射止めている妹さんがいったいどんな人物なのかすごく気になる。


「と、まぁそんな感じだ。ちょっとは落ち着いたか?」

「え?」

「会いたい人のこと思い出せばもう一度会いたいって思えて不安が少しでも治まっただろ」


その言葉に自分がさっきよりもリラックスできていることに気付いた。

多分忠は私が不安で色々考えすぎて眠れなかったんだと気づいたんだろう。

最初の質問も私がここに居る理由を思い出させようとしたからなのかな。

いやあれはただの興味か?

どちらにしても忠のおかげで少し安心できた。


「ありがとう」


笑ってお礼を言うと忠は手を振って向こうへ歩いて行った。

残された私はもう一度目を閉じる。


会いたい人に会うために、私は明日戦へ赴く。




そして想像すら出来ないほどの光景を目の当たりにすることになる。







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