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桜の蕾《完結》  作者: アレン
2章
27/99

27.鎖

数日が経ったある日の朝。着替えていると近づいてくる足音が聞こえた。それは部屋の前で止まりそこから動く気配はない。

誰だろう。こんな時間に来るのは小夜ちゃんくらいのはずだけど、それならすぐに入ってくるはずなんだけどな。

首をかしげているとやっと外の人が言葉を発した。


「ライ、入ってもよいか?」

「と、殿?!え、ちょっとまって」


思わぬ来訪者に私は着かけていた服を慌てて整える。

部屋汚くないよね!?

周りを見回し脱ぎ捨てていた着物を急いで寝具の下に隠した。


「入ってもいいよ」

「ああ」


声をかけると直ぐに殿が入ってくる。朝の澄んだ空気の中微かに漏れている朝に照らされている姿はいつもより数倍かっこいいような……じゃなくて!


「こんな朝早くにどうしたの」

「少し頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと?あ、とりあえず座って」


たまに小夜ちゃんと女子会をしている座布団を指さすと、殿は素直に頷き座る。私も殿の前に座った。


「ライは今日の午後に集まりがあることを知っているか?」

「集まりってこの前みたいな?」


聞くと殿は頷く。ってことはこの前の二人もいるってことか、もちろん陶さんも。思わず苦笑が浮かぶ。

出来れば出会わないようにしたいな。もう部屋に近づくことはしないでおこう。


「それで頼みたいことというのはその集まりに来てほしいのだ」

「はぁ?!」


近づきたくないと思ったところなのに。てゆうかどうして私が……


「え、大事な集まりなんでしょう?私なんかが行ってもいいものなの?」

「来るといっても部屋に茶を持ってくるだけだ」


そういえばこの前見た話し合いでもお茶が出ていたっけ。じゃああれは誰かが持って行っていたってことなのかな。


「えっと……でもさ」

「頼む」


真剣な目で真っ直ぐ見つめてくる殿。そんな風に言われたら断れるわけないじゃん。


「わかった。だけど直ぐに帰るからね」


頷くと殿は安心した顔をし、立ち上がって私の頭を撫でた。


「すまんな頼む」


部屋を出て行った殿の後姿をしばらく見つめる。

あんな頼みをするなんて一体今日の集まりに何があるんだろう。


**********


取り敢えず午前中は普段通り手伝いをして、昼食を済ませた後厨房に向かった。

中の様子を伺ってみると丁度女の子が大量のお茶をお盆に乗せている。多分あれが集まりに持っていくお茶なんだろう。


「ねぇそれって今してる話し合いにもっていくものだよね」

「え、ええそうですけど」


怪訝な顔をした女の子に私は出来るだけ笑顔で近づく。


「えっと、それ私が持っていこうか。今結構忙しいでしょう?」

「それは、そうですけど……」


女の子が目をやったほうでは数人がせわしなく動き回っていて、忙しいことは一目瞭然だ。

少し揺れている女の子に私はもうひと押しと内緒話をするように声を潜める。


「実は殿に頼まれちゃってさ。助けると思って譲ってくれないかな」


そういうと、女の子は納得したように用意していたお盆を渡してくれた。


「ありがとう」


お礼を言うと女の子は頭を下げ急いで仕事へ戻っていった。

あまり苦労せず譲ってもらえたのはいいけど、なんて妙に納得した顔をしたんだろうか。

若干引っかかるものの気にしたらきりがなさそうなので、お盆を持って部屋に向かうことにした。


**********


少し迷ったけど何とか部屋にたどり着くことが出来た。

部屋は相変わらず入りにくい雰囲気。いつもなら誰か来るか殿が気づいて開けてくれたりするけど、多分今回は期待しないほうがよさそうだ。

仕方ない。覚悟を決め一度深呼吸して襖を叩いた。


「失礼します」


震えて声を何とか抑えつつ襖を開けると、全員の目が一斉に私に向けられる。


「なんだ」


一番奥に座っている陶さんが私を睨んだ。その眼は完全に敵意が込められている。


「あ、いや。お茶を持ってきたんですけど」

「ほう。蕾様自らお持ち頂けるとは光栄ですな」


何でいちいち癇に障る言い方するのかな。

薄笑いを浮かべる陶さんを睨みそうになる自分を抑えて私も笑顔を向ける。


「お配りしてもいいですか?」


期待した反応を示さない私に陶さんは興味をなくしたのか目線を外し会話を再開させた。

陶さんに勝った!

私は心の中で小さくガッツポーズをしつつ一番近くに座っている男の下へ近づいた。


「どうぞ」


愛想よく渡したつもりだったのに相手は睨み気味に私を一瞥しただけで何も言わない。

お礼くらいしたらいいじゃない。

ムッとしたけど気を取り直して次の人にお茶を渡した。


次、その次……

誰もかれも同じ反応ばかり。

この時代の人はお礼すらろくにできないの?!私のこと認めてないっていうのは分かってるけど、普通どれだけ嫌いな相手でもお礼くらいはするものでしょう。

イライラがつのって顔が引きつってくる。

ふと陶さんの隣に座っている殿と目が合い軽く睨んでやると申し訳なさそうに笑った。


「申し訳ありません。あまり気分の良い所ではないでしょう」


謝ってきたのは丁度お茶を渡していた内藤さんだった。

私は慌てて殿から目を離し笑顔を作る。


「いえ大丈夫です」

「皆少々気が立っているだけなのでどうか許してやって下さい」

「はい」


確かに話している姿から今あまりいい状態でないという事は理解できた。先ほどからずっといつ毛利に攻めるのかと論争が繰り広げられている。


「戦が始まるんですか?」

「おそらくは。しかしここより遠い地で起こることですから蕾様が心配なさる必要はありませんよ」


私を安心させるように内藤さんは言ってくれたけど、私の心は不安に覆われていた。

陶さんは直ぐにでも攻めるほうがいいと考えていて、ほとんどの人もそれに賛同している。数人反対している人はいるがその意見は受け入れられず段々その声はなくなってきている。


私の知っている歴史を辿ろうとしている。滅びの方向へと確実に。

分かっていたことなのにその現実が私の頭を恐怖で包んでいく。


不安で堪らなくなった私は殿の方へ目を向けた。

先ほどまでただ周りを傍観していただけだったのに、今の殿のは何かを覚悟したような目をしている。


一体何をしようとしているの?

私はそんな殿をただ黙って見つめた。


「では毛利への進軍をちかじか行うという事でよろしいかな」


誰も反対する人がいなくなり、陶さんは隣の殿に同意を求めた。

でもそれはただの形だけのものだろう。

その証拠に周りはもう終わりだという様に緊張を解き始めている。


聞かれた殿は目を閉じたまま何か考えている。しばらくして目を開けると真っ直ぐ陶さんを見て口を開いた。


「いや、毛利への進軍は止めた方がよいだろう」


誰もが動きを止めた。私も目を見開く。


「今なんと申されたのでしょう」


陶さんも珍しく動揺が顔に出ている。


「毛利方が今農民たちに手を焼いているのは事実だろうが安易に攻め込むのは得策ではないだろう」


はっきり陶さんに意見する殿はとても堂々としていて今まで見たどんな姿とも違っていた。

みんなの同じように思っているのか誰一人言葉を発する者はいない。

もしかして私が勇気を出せっていたから?

今日ここに来るように言ったのはこれを見せたかったからなの?

そう思うと涙が出そうになった。


「では御屋形様には何か別の考えがおありで?」


さすがは陶さんといったところか。もう落ち着きを取り戻している。


「陸上の守りを固めた方が良いのだろう。これ以上毛利軍の侵攻を許せば我々には水上で戦う他に術がなくなってしまう」

「もちろん守りは強化しております。それに戦力の錯乱している今攻めねば、この後このような好機が巡ってくる保証はないでしょう」

「だが毛利の水軍と戦って勝つ確率は低いだろう」

「それは聞き捨てなりませんな。御屋形様は大内の軍が簡単に打ち破られるとお考えで?」

「いや、そういうわけではないが……」


段々陶さんのペースになってきた。それを見て黙っていた周りも口々に陶さんの意見に乗り始める。

止める人の声はかき消され、ついに殿は言い包められてしまった。

結局始めに陶さんが言った通り毛利への進軍を行うということでその場は解散となった。


何とも言えない空気が部屋を包む。

誰も何も発することなく、一人また一人と部屋を出ていく。

私は肩を落とし座ったまま動かない殿を黙って見つめた。

何か声をかけなくちゃ。そう思い足を踏み出そうとしたとき、陶さんがこちらに近づいてきた。

その目は冷たく、怒りが込められている。

金縛りにあったみたいに動けなくなった私の目の前まで来ると、陶さんは私を見下ろすようにして冷たく言い放つ。


「傀儡を変えたのはお主だな。ただで済むと思うなよ」


ゾワリと背筋が凍る。息をするのも苦しい。

横を通り過ぎた陶さんを見ることもできず、陶さんが部屋を出て行った後もしばらくその場を動くことが出来なかった。

やっとまともに息が出来るようになったときにはすでに部屋に居るのは私と殿だけになっていた。


殿のところへ行かないと。


ただそれだけが浮かび、今度こそ私は殿の下へ向かった。

ゆっくり近づき目の前で止まると、殿はゆっくりと顔を上げる。


「ハハ、不甲斐ない所を見せてしまったな」


明るく笑っているけど無理をしているというのは容易に分かる。あんな風になって何も感じないほうがおかしい。

そう分かっているのにやっぱりなんて声をかければいいのか分からない。


だからかもしれない。

気づけば私は殿を抱きしめていた。


さっきの陶さんの言葉に傷ついた自分がただ誰かに縋りたかったのかもしれないし、自分の言葉のせいでつらい思いをさせてしまった殿に対しての罪悪感からかもしれない。

だけど今はどんな言葉よりもただ殿を抱きしめたいと思った。

そんな私に殿は何もいわないけど私の腕を振り払おうとはしなかった。


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