25.蚊帳の外 上
お久しぶりです
長い間投稿出来ずすみません
しばらくは投稿できる予定なのでよろしくお願いします!
紅葉で色づいていた木々が段々色を無くしてきた。
11月も終わりにさしかかり、気温も大分下がってきて冬の足音が近づいてきている。
真夏のベタベタした汗や日光からやっと解放されて過ごしやすい季節になったかと思って喜んだのはほんの少しの間だけ。
この時期になると襲いかかってくるのは……
「さ、寒いぃぃぃ!!」
手が凍るんじゃないかと思うほど冷たい水に手を浸しながら私は泣きそうになっていた。
「何言ってるんですか、これくらいまだまだ温かい方ですよ」
私の隣では小夜ちゃんや他の女中さん達がテキパキと洗濯を終わらしていく。
いや、小夜ちゃん。
今まで冬でも蛇口を捻れば当たり前のようにお湯が出てくる生活をしていた人間からすればこれでも十分冷たいよ。
まるでぬるめの水にでも手を入れているような手際の良さに、昔の人ってすごいんだなぁと、思わず手を止めてて見とれてしまってた。
「あら、手が止まっているようですがどうなさったのですか蕾様?」
ギクッとして慌てて後ろを振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべて私を見下している百合さんがいた。
「まぁまだこんなに残っているじゃありませんか」
口の端が引きつる。
いかにもわさとって感じの驚き方。
でも、そんな顔も百合さんなら様になってしまうんだから神様って不平等だ。
謝ってきた時からしばらく全く私に接触してこなかった百合さんが、最近またちょっかい(攻撃?)を出してくるようになった。
流石に反省したのか影でコソコソしたり誰かを使ってくるような事はせず、今みたいに正面からケンカを吹っかけてくるようになった。
正々堂々くるようになったのなら話は早い。
「百合さんこそこんなところで油を売っていていいんですか?あなたも仕事があるんでしょう?」
前の私だったら何も言えずに落ち込んでいたか、「なんで私が!!」って殿を逆恨みしたりしてたかもしれない。
前回まではまだ私自身の気持ちに気付いていなかったからただのとばっちりだと思って流したりしてた。
だけど今は違う。
私だって殿が好きなんだ。
だから百合さんと私はライバル。敵同士だ。
こんな事で屈したりなんかしないわよ。
まぁ小夜子の言葉を借りるとしたら「ケンカを売ってくるなら買ってやろうじゃない!」だ。
「残念。もう終わらせてしまっているの」
まぁ大体負けてしまうんだけどね……
「では私は次に行きますわ。蕾様も早めに終わらせておいたほうがよろしいですよ」
そう言い残し、勝ち誇った笑みを浮かべて去って行く。
くそぉ、やっぱり私にはまだガツンと言って相手を怯ませるくらいのスキルは持ち合わせてないらしい。
こんなことなら自他共に認める口喧嘩の女王の小夜子に技を教えてもらっておけばよかった。
せめてもの抵抗で百合さんの後ろを姿にベーと舌を出していると、ブルッと寒気を感じた。
ソロソロと振り返ると、数人からの冷たい視線が私に向けられている。
私はその視線に引きつった笑顔を向けて、慌てて残りを高速で片付けた。
********************
11月に入ってから前にも増してお屋敷の中が賑やかになった。
人の出入りも滞在している人の数も日ごとに増え、同時に私たちの仕事も増えていった。
今では私と小夜ちゃんの二人でしていた仕事も、大人数であたらないととてもじゃないけど1日で終わらせることのできない量になっている。
最近じゃ着替えるのも忘れて寝入ってしまうこともしばしば。
こんなハードな労働に全く耐性のない私は今にも根をあげてしまいそうだ。
それでも今日まで頑張っているのは……
「おぉ、ライではないか」
次の仕事場へ向かう途中、廊下で民部君と二人で話している殿とばったり会った。
どんなにしんどくても頑張れる理由。
それは私が仕事でお屋敷の中を行ったり来たりするようになって、こうやって偶然会えることが多くなったからだ。
このご褒美は心身共に疲れ切った私には最高の栄養剤。
これがなかったら多分今頃引きこもりを敢行していただろう。
「お久しぶりです蕾様」
「久しぶり民部君。そういえば随分前に話したっきりだったね」
「そうですね。一度御屋形様と話をされている所にいたことはありましたが、直接お話はしませんでしたからね」
殿と話した時……
思い出せずに首を傾げていると、殿がククッと笑った。
「お主が言い逃げして行った時だ。確か民部の他にも何人かいたな」
「あの時は驚きましたよ。蕾様が走ってこられたかと思ったら直ぐに走り去ってしまったんですから」
「みな暫く動けなかったな」
その時のことを思い出したのか、二人して笑うので私は顔を真っ赤にして俯いた。
そういえばよく思い出したらあの時は民部君だけじゃなくて知らない人もいたんだ。
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
あの時は無我夢中だったからよかったけど、改めて振り返ると恥ずかしすぎる……
だって必死だったんだもん!
まぁそのおかげで殿との約束を果たせたり自分の想いを伝えたりできたんだからプラマイゼロだ。(多分)
「近頃はいつにも増して忙しそうだな。体は大丈夫なのか?」
「うん。小夜ちゃんがいろいろ助けてくれてるから平気」
私よりも殿のほうが大変なくせに。
それを全く他人に見せない彼は私なんかより何倍も何十倍もすごい。
「蕾様ー」
向こうから小夜ちゃんの声が聞こえる。
あ、そういえば今仕事の途中だったんだ。
殿に会えたことが嬉しくて頭の中から完全に消えてしまっていた。
「どうやらお呼びのようだな」
「そうみたい」
苦笑を浮かべて殿を見ると彼も残念そうな顔をしている。
今殿も私みたいにもっと一緒にいたいと思ってくれてるのかな。
そうだと嬉しいのに……
「コホン」
民部君の咳払いでハッと我にかえる。
危ない。また今の状況を忘れてしまうところだった。
「御屋形様もそろそろ時間です。おそらくもう集まっているころかと」
「あぁそうだな」
少し遠慮気味に言った民部君。
流石に両方呼び出しがかかってるんじゃ行かないわけにはいかな。
「それではまたな、ライ」
「うん、また」
去って行く後ろ姿を見送る。
その姿にまた顔を見たい、声が聞きたいと欲望が湧き出してくる。
なんだか私はますます欲張りになってきているみたいだ。
紅葉を見たいあの日からなんだか私たちのあいだの空気が変わった気がする。
ううん、少しだけ殿の雰囲気が変わったんだ。
今までは私をからかったり助けてくれたりはするけど、いつも笑顔でどこか人を寄せつけない壁みたいなものがあって、彼の内側に踏み込むことができなかった。
けど最近はその壁が少しだけ薄くなってくれたように感じる。
わたしの勘違いなのかな?
それとも少しは私に心を開いてくれているのかな。
そうなら結構、ううんかなり嬉しいかも。
「ウヘヘヘヘ」
「つ、蕾様?」
思わずニヤけてしまっていたところを引き気味な声の小夜ちゃんによって止めてもらえた。
うわっ、今の私をいたいわ。
「早く行きましょう。また百合様に何か言われてしまいますよ?」
「うっ、それは嫌かも」
「では行きましょう」
歩き出した小夜ちゃんを追って私も歩く。
まぁ何はともあれ今は仕事を頑張らないと!!
********************
あれ、ここどこだろ……
気づくと見覚えなのない所にいた。
小夜ちゃんと仕事をした後、考え事をしながら歩いていたからかどこかで道を間違えたらしい。
つまり迷子だ。
高校生にもなって家の中で迷子ってどうなんだろうか。
「でもどうしたものか」
こういう時に限って周りには誰もいない。
元の場所に戻ろうにも自分がどこの辺りにいるのかサッパリだから余計に迷いそうだ。
誰か待とうか。でも来る気配全然ないし……
「……た……だろう……」
悩んでいると何処からか微かに声が聞こえた。
あっちに誰かいるんだ!
なんとか助かりそうだとホッとして声の方へ駆けていく。
けど着いたのは襖の前だった。
その中から数人の話し声がしている。
あ、そういえば会議がある女中の人たちが噂してたっけ。
どうやら私は会議をしている部屋の近くに迷い込んだみたい。
せっかく道を聞けると思ったのに。
聞こえる声は真剣でどこか緊張していて、とてもじゃないけど中に入って道を聞くなんて事は出来ない雰囲気だ。
「ほんとどうしようかな」
会議が終わるまで待とうか。確か殿も参加しているはずだし出てきた時に一緒に戻ればいいか。
結局待つことにしてどこか座っていられる所を探す。
すると少し襖が開いていて光が漏れているところがあることに気づいた。
あそこから中見えるよね。
いや、でも大事な会議っぽいし覗きは。
てかそもそも覗きはだめでしょ。
でも……
なんて頭の中では自問自答していたものの体は正直なもので襖の前にしゃがみ込んでいた。
ちょっとだけだしいいよね?
そっと覗き込んでみると中は結構広い。
私の使ってる部屋より2、3倍はあるだろう。
そこに10人くらいこ男の人が何か話し込んでいる。
1番奥には殿と陶さん、それに近くには内藤さんも座っていた。
私のいる位置からは少し遠くにいるため中の会話はほとんど聞き取れない。
だけど何度も出てくる『毛利』の単語。
この話し合いが戦のことに関してのものだと容易に想像できた。
てことはもう戦いはすぐそこまで迫っているのかな。
ここにも攻めてくる?
そう考えて体が震える。
平和な時代で生きてきた私にとって戦いが身近で起こるなんて未知の世界で、例えようもない恐怖感が襲う。
こういう時、無性に元の時代が恋しくなる。
初めの頃みたいに取り乱したりはしないけどやっぱり帰りたいなぁと思う。
でもそう思った後にやっぱりここにいて殿の側にいたいと考える。
秀の時に良く「桜って乙女!」って言われてたけど我ながら今の私って完全に乙女だな。
しばらく様子を見ているとふと違和感を感じた。
私が見始めてから殿って一言も喋ってない、よね?
まぁ一言もっていうのは言い過ぎだけど他の人たちはどんどん意見を言っているのに殿はただ相槌をうっているだけな気がする。
それにこの話し合いの中心が陶さんだ。
この中で1番偉いのって殿の筈なのに完全にいるだけの存在みたいに扱っている。
肝心の本人も話に入っていくような感じは一切しない。
どうして黙ったままなの?
それじゃあ傀儡って言われても文句言えないじゃない。
無性にイライラする。
まぁ私も学校じゃ積極的に前に出る様なタイプではなかったけどさ。
ここまであからさまだとカチンとくる。
そんな風に考えながら見ていたからか大分体が前のめりになっていたみたいで、もう少し覗き込もうと動いた瞬間ツルッと手を滑らせてしまった。
「うわっと」
かろうじて体は支えたものの、思わず出てしまった声。
気づかれたか、と恐る恐る中を伺うとどうやら丁度終わったみたいで気づかれずにすんだみたいだった。
ってヤバいこっちに来るじゃん。
慌てて奥の柱の陰に隠れる。
続々と人が出ていき、その中には殿と内藤さんも混じっていた。
あぁ、完全に出るタイミング逃した……
仕方ない、もう少ししてから後を追いかけよう。
出てくる人も少なくなってきた。
そろそろみんな出たのかな、と追いかけようとした瞬間その会話は聞こえた。
「あの噂は本当だったんだな」
「あぁ、お前は初めて参加したんだったな」
なんでもない会話だったけど不思議と気になって見つからない程度の距離で2人の後を追う。
「でもあそこまでとは驚いた。御屋形様は完全に陶殿の傀儡だな」
ピタリと足が止まった。
私が感じた違和感はどうやら間違っていなかったらしい。
しかも噂になっているくらいなんだから毎回あんな感じなんだろう。
「陶殿も怖ろしい人だ。あそこまでだと流石に同情するな。ああはなりたくない」
「まぁ所詮御屋形様は大友の人間だからな。初めから陶殿が大内の主のようなものだ」
「もし御屋形様が大内をまとめだしても心物ないくて付いて行けん」
「それもそうだな」
2人はどんどん前へと歩いていく。
追いかけないとまた戻れなくなるのに、私はその場に立ち尽くしていた。
陶さんの言いなりの傀儡。
秀から聞いて殿がそう呼ばれていたのは分かっていた。
自分でもさっき呆れたくらいだもの。
だけど、ここではみんな『大内』の殿じゃなくて『大友から来た』殿として見ている。
殿の味方はほとんどいないんだ。
どこかぼんやりとしか想像していなかった現実が今はっきりと突きつけられる。
一体殿はどんな気持ちなんだろうか。
あの笑顔の裏ではどんな事を考えているんだろう。




