表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の蕾《完結》  作者: アレン
2章
23/99

23.戦話(いくさばなし)

色々調べた上で書いていますがもしかしたら違った部分があるかもしれません。

その時は指摘などしていただけるとありがたいです。

「少々長くなりますがよろしいですか?」

「はい」


移動途中に淹れたお茶を飲み、一息ついた所で内藤さんがそう尋ねてきた。

私が知りたくて内藤さんに頼ったんだ。

どれだけ話が長かろうと苦ではない。


「そうですね。蕾様は先の戦についてはどこまで知っているのですか?」

「えっと……戦っていた相手が毛利って人だったということぐらいしか 」


しかもそれは意図していなかったとはいえ盗み聞きしてしまったもの......

なんて言えないけどね。


「先の戦は安芸の毛利元就とのものでした」


毛利元就なら知ってる。

確か日本史の授業でチラッと古川先生が言っていたはず。

でも、


「安芸?」


聞いた事ない言葉だ。


「ここ、周防国の隣に位置する国の事です。元就は安芸国を治めてる毛利家の君主です」


ここの隣り......

確かここは山口だからその隣りの県だとしたら広島県が安芸国ってことか。


「そもそも今回の戦いは大内家の前の当主、義隆(よしたか)様の頃まで逆上ります」


「陶様は元々義隆様の重臣を務めていました。義隆様の若き頃は多くの国を掌握するなど大内家は繁栄していたそうです。陶様も義隆様を公私共に支え、大内になくてはならない存在でし」

「仲が良かったんですか?」

「ええ、大変仲が良かったと聞いています」


なんだか『大変』っていう言葉に含みがあるように感じるけど……


「そんな中、大内家と対立していた厳島の尼子氏との戦が起こりました。陶様も赴きましたが、思いの外城攻めに手間どい結局一年半ほどで撤退したそうです」

「途中でやめちゃったの?」

「作戦面での対立や兵の離反が目立つなど万全の状態でなかったようです」

「そして国に帰還する途中、一隻の船が転覆する事故が起こりました。その出来事がきっかけで義隆様と重臣との間に亀裂が生じ始めた」


船の事故と関係が悪くなることが何の結び付きがあるんだろう。


「船には義隆様の息子である晴持(はるもち)様が乗られていて、事故で亡くなられてしまったんです」

「息子さんが……」

「実子ではありませんでしたが義隆様は大変可愛がられていたそうだす。ですから、亡くなられたことを知って気を病んでしまい政治にたずさわることをしなくなってしまいました。そのため陶様や一部の重臣との反りが段々合わなくなっていきました」


子供が死んでしまったんだ。

本当の子供じゃなくてもすごく悲しんだだろう。


「元々義隆様は武芸よりも学問や文芸を好んでいらして、事故後はよりのめり込むようになり、尼子氏攻めに積極的だった陶様を避けるようになりました」


一つの小さなきっかけで仲が良かった二人の間に大きな溝が出来ていく。


「それに加え、陶様に代わって文治派の相良武任(さがらたけとう)に政治を任せるようになり始めたんです」

「文治派って?」

「武力ではなく法令などで政治を行うべきと考える者たちのことです。陶様は逆に武力で国を納める武闘派の考えでしたので2人は対立していました」


文治派は現代の日本の様に法律とかでみんなをまとめるってことかな。


陶さんと相良さんとじゃ根本的に真逆だったんだろう。

そりゃ、対立するのもうなづける。


「対立は日に日に深まり、そのことに身の危険を感じた相良は義隆様に陶様が謀反を企てていると報告しました」

「えっ?!謀反って陶様が義隆さんを裏切ろうと考えてたってこと?」


そこまでピリピリしてたってことなの?

でもこの時代の裏切りって闇討ちとか攻めていったりして「首をとるぞ!」みたいな感じだよね。


「武闘派の一部ではその様な意見が出てはいたそうでが、当時はその様な計画はなかったようです」

「じゃあ相良さんが嘘をついったってこと?」

「そうです」


何やってんだ相良さんは!!


「なんでそんなこと」

「対立の責任が自分に向くことを恐れたのでしょう。重臣同士の対立で政治は乱れていたようですから」


自分が助かろうと思って嘘をついたってことか。

なんだか子供みたいな考えだなぁ。


「義隆様は相良の言葉を信じ、武装したうえで武闘派の者たちの元へ訪ねたそうです。そこで義隆様と陶様たちとの対立は決定的なものになりました」


うわぁ、またなんで相良さんの言うことを信じちゃうんだろう。

武装なんてして行ったら仲を修復する機会があったとしても潰れてしまうじゃない。


「それで結局相良さんはどうしたの?」

「九州へ逃亡しました」

「はぁ?!」


思わず大きな声を出してしまった。


仲を引っ掻き回して子供みたいな嘘ついた挙句に逃げるって……

一体何をしたかったのよ!!



「ついに陶様は義隆様へ反旗を上げられました。ほとんどの兵は陶様側に着き、義隆様の兵はたった200人ほどたったそうです」

「完全にみんなに見放されちゃったんですね」

「ええ、戦はほとんど抵抗もなく義隆様は逃走を図りましたが天候にも見放され、大寧寺という寺で自害しました」


選んだ人を間違えてしまった事で、上手くいっていた歯車が狂ってしまった。

なんともあっけない最後だ。


「翌日には義隆様の実子である義尊様も殺され、大内家の正統な跡継ぎは居なくなりました」

「え……?」


何も子供まで殺さなくてもいいんじゃないか。

そんな風も思った。

だけどその次の言葉を聞いてそんな考えはさっばりなくなってしまう。


そんな反応を予想していたのか、内藤さんは私が口を開くのを待っている。


「え? だって、じゃあ殿は? 今の当主は殿なんだから跡継ぎが居なくなったっていうのはおかしくない?」


それに殿の名字は『大内』だ。

その名前で当主をしてるんだから絶対におかしいはず……だよね?


頭の中で自問自答していると段々訳が分からなくなってきた。

もう頭は爆発寸前だ。


「御屋形様の生まれは大内家ではなく、九州の大友家なんです。晴持様が亡くなられてから実子の義尊様が生まれるまでの数年、養子として大内家に居られ、それを知っていた陶様が戦の後に次の当主として迎えられたのです」


だから『正統な』跡継ぎは居なくなったんだ。

あれ? でも……


「養子ってことは殿は義隆さんの息子ってことでしょ? じゃあ殿も正統な跡継ぎってことにはならないの?」


それに数年だけっていうのも気になる。


内藤さんはうーんと顎に手をあてて難しい顔をした。


「蕾様は養嗣子ようしし猶子ゆうしの違いはお分かりになりますか?」

「いいえ、さっぱり」


どちらも聞いたことのない言葉だ。

なんだか日本語じゃなくて他の国の言葉を聞いているみたい。


「養嗣子はもし養父に実子が産まれても跡継ぎとして扱われます。しかし、猶子の場合は実子が産まれれば跡継ぎの権利は実子に与えられる。猶子はいわば実子が産まれるまでの中継ぎのようなものなんです。

晴持様は養嗣子として大内に居られたのですが、御屋形様は猶子として大内に入られました。そしてその後、義隆様に実子が生まれた為縁組みを解消して大友に戻られたそうです」

「ひどい……」


自分の子供が生まれたから邪魔者みたいに追い出すなんて……

殿にとったら勝手に他の家に連れていかれて勝手にいらないと捨てられたんだ。

あまりにも自分勝手な行為。


「当時義隆様にはもう実子は生まれぬだろうと周りの大名は思っていたそうです。御屋形様も元服が近かったので次の当主は御屋形様だと誰もが思っていた。ですから、実子誕生と縁組解消は皆かなりの衝撃を受けたそうです」



「御屋形様が当主になられ、陶様はまだお若く大内に来て日が浅い御屋形様に変わり体制を整え戦後の混乱は一度落ち着きました」

「殿がみんなをまとめたわけじゃなかったの?」

「ええ、実質的に政治を行っていたのは陶様でした」


そうか、だから殿は『傀儡』なんだ。

当主は殿だけどみんなを動かしているのは裏にいる陶さん。


まるで操り人形だ。


「なかには陶様に反発を持つ者もいました。そして一番対立していたのは杉重矩という男です。元々あまり仲が良くなかったのですが義隆様を討ったことを後悔して表舞台から退いていたのですが、どうやら義隆様が亡くなられる前に陶様を討つべきだと進言していたと情報が入り、陶様は杉重矩を討ちました」


不安要素は小さいうちに摘み取る。

陶さんはきっとそういう考え方なんだろう。

私に対しての態度もそんな感じだったし。


「しかしこの事がきっかけで、保たれていた均衡が崩れ始めてしまった。義隆様への謀反を快く思っていなかった者たちが次々と声を挙げ始めました。その中でも一番大きかったのは石見の吉見正頼という者です」


「陶様は吉見討伐のため本拠地を攻めようと陣を向かわせました。しかし、それと同時に同じく不満を持っていた毛利元就が動き出したんです」



「毛利は僅か一日で4つの城と厳島を制圧しました」

「一日で?!」


そんなに簡単にお城ってとられるものなのだろうか。


「普通ならあり得ません。しかしあの時は皆吉見討伐にかかりきりだったため、ほとんど無防備の状態で攻め込まれてしまったんです」


完全に元就さんの作戦勝ち。

本当に絶好のタイミングで動き出したんだろう。

流石は教科書に載るほどの人物だ。


「一度陶様が毛利方に攻め入りましたが討ち取るは出来ませんでした。そこで吉見討伐から毛利討伐へ優先順位を変更します」

「吉見さんのことは大丈夫なの?」

「すでに長い籠城で兵糧が尽きかけていたようなので、降伏するのも時間の問題でした」


兵糧ってなんだ?と首を傾げると、内藤さんはニッコリ笑って「食料のことですよ」と教えてくれた。


「陶様は宮川房長殿に先鋒として7000の兵を任せました。宮川殿は毛利軍への早朝奇襲を考えていたそうですが、それが毛利にばれてしまい失敗に終わったそうで」

「なんでばれちゃったの?」

「蛍、だそうです」

「蛍?」


って、秋の風物詩として知られるあれだよね?

あの蛍と作戦がばれたことに何の関係があるんだろう。


「どうやら毛利軍へ兵を進めていたさいに蛍の群れの近くを通り、元就が乱れた群れに気づいて兵の存在に気づかれてしまったそうです」


なんという洞察力。

私だったら絶対にそんなこと気づかないよ。


でもたまたま蛍の群れがいたから見つかってしまった。

運までも元就さんの味方をしたんだ。


「そして翌日、毛利に包囲され宮川軍は総崩れ。宮川殿も追い詰められ、討ち取られたか自害なさったようです。これが先の戦の経緯と結果です」

「そうですか……」


思っていたより複雑で凄く根深い思いと考えてが混じり合った戦いだったんだ。

全てを理解したわけじゃないけど、それだけはハッキリと分かった。


それに少しだけ殿がなんであんな目をするのか分かった気がする。


「それにしても凄く詳しいんですね。ここまで詳しく教えて貰えるとは思ってませんでした」


少しどんよりした空気が漂ってあたので、空気を変えようと笑いながら言った。


正直前の戦のことを少しでも知れたらいいなぁと思っていただけだった。

だけど、内藤さんはなんで戦が起きたのかまで教えてくれた。

そこまで知っていることにビックリだ。


「あぁ、私の祖父が陶様と共に義隆様へ謀反を行ったんです。たまにその話を聞いていたので」

「へぇー」

「それに陶様は私の義兄にあたる人なんです」

「ふぅん……って、えぇ?!」


お茶を飲もうとしていたけど、まさかの事実に危うく吹くところだった。

多分飲んでたら喉に詰まってただろうなぁ。

ってそうじゃなくて!


「えっ? 内藤さんと陶さんって身内どうしなの?!」

「私の姉が陶様の妻なんです」


衝撃の事実。

どうやら私は結構適任な人に話を聞いていたみたいだ。

お祖父さんとお義兄が当事者なんだからそりゃ詳しいはず。


「えっと、じゃあ陶さんがここに戻って来たってことは取り敢えず前の戦いは終わったってことなの?」

「ええ、吉見との和睦が先日成立したので、戻ってこられたそうです。元就もどうやら幾つかの山村の者たちが抵抗を続けていて、その制圧に苦戦しているようなのでしばらくは大きな戦はないでしょう」


しばらく、か。

民部くんと殿も直ぐにはないって言ってたな。


でも、必ず元就さんは攻めてくる。



**************


話し始めたときは頭上にあった太陽がすでに傾き始めている。

随分長い間話していたみたいだ。


「ありがとうございました。私のわがままに長い時間付き合ってもらっちゃって」

「いえ、全然構いませんよ」


そろそろ戻らないときっと小夜ちゃん心配してるだろうなぁ


そう思い立ち上がろうとした時、


「蕾様」


内藤さんに呼び止められて顔を向けると真剣な表情で私を見つめている。


どうしたんだろ。


不思議に思いつつもう一度座り直した。


「はい」

「私がこの話をしたのは、貴方にご自分の事を考えていただきたいからです」

「私の、ですか?」


そういえば始めも私には話さないといけないと言っていた。


「今はまだ小さな戦が起こるだけで、ここにまで危険が及ぶことはありません。しかし、近いうちに必ず大きな戦が起こります」

「……はい」

「そのときにはここも戦場になるかもしれません。そうなれば貴方も危険にさらされる」


ここが戦場に……


私の今までの常識では考えられないことに、全く実感が湧いてこない。

だけど、ここでは今でも何処かで戦いが起こっているかもしれないんだ。


「そうでなくても貴方の噂はすでに家臣たちに広まっています。不満に思う者が貴方に危害を加えるかもしれない。もし毛利方に漏れれば戦略に巻き込まれる可能性もあります」


私が殿の足手まといになるかもしれない。

もしかしたら私のせいで殿が危険な目に合うかも……


想像しただけで心臓が止まりそうだ。



「よく考えてみてください。もし、ここから離れるのであれば私もできる限り力になります」


内藤さんは大内家のことを考えている。

でも私のことも心配してこうやってはなしてくれた。


もしかしたら私はここにいちゃいけないのかもしれない。

でも……


「内藤さん」


私は膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。

真っ直ぐ見つめた内藤さんの表情は本当に私を心配してくれている。


「ごめんなさい。内藤さんのお気遣いは本当に嬉しいです。だけど、私はまだここにいたいんです」


これは私の勝手なわがままだ。

それは十分わかってる。



それでも、

私は殿のそばにいたい。



「蕾様……」


内藤さんは何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わなかった。


私は内藤さんから空へと目を向ける。

そこにはあの日のような綺麗な満月がこちらを見つめていた。


ああ、あの時の殿もこんな気持ちだったんだろうか……



「もう少しだけ、このままで……」



もし離れることになるのだとしても、今だけは殿のそばにいさせてほしい。


私は心の中で満月に向かって願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ