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桜の蕾《完結》  作者: アレン
2章
22/99

22.淡い初恋

「でも噂は本当だったのですね。正直この目で見るまで信じられなかったんですよ」

「皆そう言う。そんなに意外か?」


殿と内藤さんが談笑する中、私は黙って内藤さんを見つめていた。

二人は仲が良いみたいでただの友達のような会話をしている。

内藤さんは笑いながら話してるし殿も表情が柔らかい。


あぁ、そういえば秀もこんな風に笑いながら話してたな。

あっ、恥ずかしくなった時に髪を触る癖一緒だ。


なんて内藤さんと秀の共通点を見つける度に何故か切なくなる。

そういえばこんな気持ちになるの前にもあったな。




高1の時は秀とは違うクラスで接点なんてまるで無かった。

そもそも彼のことを好きになったのは小夜子に無理矢理連れていかれたサッカー部の練習試合のときだ。

入学当初から人気があった秀の事は名前だけは知っていたけどその時の私は余り興味がなかった。

カッコいいとか優しいとか言われてるけど表の顔なんて信じられない。

そう思っていた。


だけどあの時、試合を観戦していた私にボールが当たってしまったとき。



「大丈夫か?!直ぐ保健室いかないと!」



蹴ったのは秀じゃなかった。

でも一番に駆けつけてくれて保健室に連れていってくれた。


その時私は淡い初恋をしたのだ。



その後も高2になってクラスが一緒になるまでは話すことはなかった。

でも秀を見掛けるたび新しい彼を知るたびに切ない気持ちが生まれていった。




そういえばその時の気持ちと同じだなぁ。


今となっては良い思い出のような記憶だけど、確かに私は秀に恋をしていたんだ。

殿とは違う淡い恋心。


チラリと殿の方を見る。

まだ内藤さんと話しているから私の視線には気付かない。


民部くんと話しているときの殿と同じ顔だ。

と、いうことは少なくとも内藤さんは陶さんのような存在ではないということだろう。


たまに悲しい陰をおとす彼に柔らかい表現を見せれる人がまた一人いることを知れて嬉しい。


ジーと見つめていると気付いた殿と目があった。

私はとっさにそらす。


殿と目が合うだけで心臓がバクバクいう。

でもまだ見ていたいような、でも恥ずかしいような……

秀の時には全く感じなかった気持ち。


やっぱり殿のは淡い恋心なんてものじゃない。

そうよ、内藤さんを見てドキッとしたのはきっとビックリしたから。

共通点が多いから元の世界を思い出してしまっているだけ。



「しかし殿、蕾様を側に置かれるおつもりで?」


内藤さんの言葉に顔を上げる。


確か民部くんも同じような事を言っていた。

私が殿の側にいるのは駄目なことなの?


不安な気持ちで隣を見るが、殿は一瞬目を伏せたがいつもの笑顔を浮かべた。


「隆世、何かあったらライの力になってやってくれ」


それ以上殿は何も言わなかった。

内藤さんもそれ以上は何も聞かない。


そのままその場はお開きとなり私は殿と一緒に部屋を後にした。

出るときに内藤さんに一言いうと彼は何かあったら相談にきてもいいと言ってくれた。





黙ったまま二人で廊下を歩く。

一人で戻ると言ったけど殿が何も言わずに歩き出したので後を付いていくことにした。


殿を見ても目が合うことはない。

真っ直ぐ前を向いたまま何かを考えているようだ。


私も先程の最後の会話を思い出す。

もやもやした気持ちだ。

この前も殿は具体的にどうするか何も言っていなかった。


彼はどうしようと思っているの?

何も言わないのは考えていないから?

それとも何か考えがあってそれでも言わないだけ?


疑問は次々と浮かぶ。

だけどそれは全て分からないという結論になってしまう。

やっぱり前に言っていた戦と何か関係があるのだろうか。



そうだ、内藤さんに聞けばいい。

事情を知っていそうでそれでいて話を隠さずに話してくれそうな人。

彼以外に適任者はいない。



少し前へ進めるような気がして自然と笑みが漏れる。


と、少し前を歩いていた殿が突然立ち止まった。

危うくぶつかるところだったけど何とか私も歩みを止める。


しばらくの間殿も私も何も言わず動かなかった。

だけど殿がハァと溜め息をついて振り返る。


その顔は何故か悲しそうでズキリと胸が痛む。


「どう……」


どうしたのか聞こうとしたけど、殿が両手で頬を包んだことで止められた。


「秀とは?」

「へ?」


一瞬聞かれた事が分からず目をパチクリさせた。

そんな私に彼はもう一度訊ねる。


「秀とは誰だ?」


秀のこと?


何で殿が秀のことを知っているんだと驚いたけどそういえばさっきビックリして呟いちゃったんだ。


そう思い出したのはいいけど困った。

秀のことどうやって説明すればいいのだろうか。


友達?

でも友達以上の感情があったわけだしそもそも殿に嘘を付いてもバレてしまう気がする。


じゃあ初恋の人だって言う?

まだ今の気持ちを伝えてもいないのにそんなこと言ったら誤解されてますます言えなくなる。



何も言えないまま困ったように見つめる私に、殿はまた溜め息をついて手を離した。


「すまぬ。こんなことを聞いてもライは困るだけだな」


殿は笑顔だった。

でもいつもよりも数倍悲しそうな笑顔。


確かに困ってはいたけど殿の言う困るは違う意味で言っているような気がする。


何か言おうと思うけどいい言葉が見つからない。



そのまま何も言えずに殿とは別れた。



**********


「先の戦のこと、ですか?」


次の日、私は仕事を終えたあと内藤さんの元へ来ていた。

昨日曖昧なままで殿と別れてしまったことが気がかりだ、でもまずは私の知らない事を知らないと何も始まらない。


「私、殿に助けられる前の事をあまり覚えていなくて今の状況が全然理解出来ていないんです。でもそれじゃ駄目だと思うから」

「私ではなくても他の者でも話してくれると思いますが」


内藤さんの言葉に首を振る。


私の知っている人達じゃ曖昧に教えられる事が多くなると思う。


「私は全て知りたいんです」


何で殿があんな顔をするのか。

今自分がどんな状況に置かれているのか。

知らないままなんて嫌だ。


じっと内藤さんを見続ける。

そんな私に溜め息をついて降参と言う風に手を上げた。


「分かりました。私も貴方が御屋形様の側に居るのなら知っておくべきだとは思いますから」


ニッコリ笑った内藤さんは場所を変えようと歩き出した。

私も緊張して微かに震える手をギュッと握って後に続く。


どんな話を聞けるのだろうか。

少なくとも今まで自分が考えていた常識とは全く違う事を聞くことになるだろう。


それでも、私はこの時代の事を知りたい。

彼の事を知りたい。

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