21.面影
「はぁ……」
陶さんがここに来てからはや3日。
今の状況を知ろう!なんて意気込んだものの、私は今だに何も知ることが出来ないでいた。
そもそも私はこの世界での知り合いが少ないのだ。
なのにいざ聞こうと考えると教えてくれそうな人が思い浮かんでこない。
殿は言うまでもなく絶対に教えてくれないだろう。
いつもの笑顔で「心配しなくてもいい」なんてことを言われてあしらわれるに決まってる。
それに、何だか殿に聞くのは違うんじゃないのかなと思った。
民部君は多分押せ押せで行けば話してくれそうだけど、彼もきっと私が知りたいことは1つも教えてくれないと思う。
てゆうか1回聞こうと話しかけたら逃げられちゃったんだよね……
じゃあ小夜ちゃんは?と思ったけど、前に戦のことはほとんど知らないと言っていた。
陶さんに聞くっていう手もあるけど、また嫌味を言われてあしらわれるイメージしか浮かんでこない。
となると聞ける人が一人もいなくなってしまうのだ。
改めて考えると本当に知り合いが少ないんだなぁと地味にショックを受けた。
「ライ」
でも本当にどうしよう。
「おい」
もういっそそこら辺の知ってそうな人を捕まえて聞こうか?
どうせここの人にどう思われようといずれ出ていく身だ。
そう思うと何だか今なら何でも出来そうな気がしてきた。
「ライ!」
いきなり肩を掴まれてハッと現実に戻る。
手の主を見上げると、彼は呆れたような顔をしていた。
「――それは何か意図があってしているのか?」
「へ?」
呆れた声に首を傾げつつ殿の視線の先を見てみる。
「うわっ!」
そこには一部だけが物凄くピッカピカな床と私の手の中にある雑巾。
そういえば今廊下の掃除をしていたんだ。
考え事に没頭しすぎてずっと同じ場所を拭き続けていたらしい。
しかも見事なまでに一部だけがピカピカ。
分からずに踏んだらツルーンって滑りそうなほどだ。
「もしやと思うが、誰かを滑らせるためにわざとやっているのではあるまいな?」
「ち、ちがうの!ちょっと考え込んでたから」
「考え込んでた?」
殿が眉を潜めた。
しまった、と思ったが時すでに遅し。
「何かあったのか?」
声のトーンが一気に下がって殿は膝をついて私の肩をガシリと掴んだ。
「また何かされたのか?誰にだ?何をされた?」
何かされたことを前提に話が進んでいる。
違うと早く否定したいけど、質問ごとに前のめりに近づいてくるもんだから私は後ろに反った体制になりそれどころではない。
「ち、ちょっと。何もされてないから!ただ考え事に浸ってただけだから!!」
ていうかこれ以上近づかないで!
心臓と腕がもうもたないです!
必死な叫びに殿はしぶしぶという風に体を引いてくれた。
私はホッと胸を撫で下ろす。
危うく倒れて頭を強打するか心臓が止まるところだった。
「本当に何もないのか?」
離れてはくれたけど肩はまだ掴まれたまま。
まだ納得がいっていないという顔をしている。
殿は崖から落ちて以来私に対して物凄く過保護になった気がする。
あまり彼に心配をかけたくはないんだけど、それだけ私の事を考えてくれているんだと思うとついつい顔がニヤけてしまう。
「ほんとにただボーとしてただけだから」
笑ってそう言うと、殿はホッとした顔をして肩を離してポンと頭を撫でた。
「そういえば何か用事があったの?」
「ん?ああ」
そういえば、という顔をして殿は立ち上がり手をさしのべてきた。
私は抗わずにそれをとる。
「ライ、今時間はあるか?」
「うん。もう掃除も終わりだから」
「それなら少し付き合ってくれないか」
「? いいけど」
殿はニッコリ笑って手を握ったまま歩き出した。
何処に行くんだろ?
何だかご機嫌みたいだから悪いことじゃなさそうだけど……
向かった先は前に殿達が話し込んでた部屋。
訳が分からないまま殿は襖を開けた。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫ですよ」
どうやら中には誰かいるみたいだ。
でも殿が前にいて中がみえない。
服の裾を軽く引っ張ってみたけど殿は気付かないみたいで話したまま。
「ところで後ろの方はもしや……」
「ん? ああそうか」
聞かれてやっと思い出したように殿は私を彼の前へと促した。
完全に忘れていたような言い方をされて私はムッと彼を睨んだ。
しかしそれも殿は気付かないみたい。
「蕾だ。ライ、私の重臣の一人の内藤隆世だ」
殿から部屋の中へ目を移す。
「初めまして、蕾様。内藤隆世と申します」
ニッコリと微笑んで此方を見る男性。
歳は多分殿とそう変わらないと思う。
落ち着いた雰囲気に何処か安心感が感じられる。
殿は綺麗という印象を持ったけど、この人は誰がどう見てもカッコいいと感じるだろう。
でも私は内藤さんを見て固まった。
その笑顔も、雰囲気も、顔も、
私は知っている。
だって彼は……
「秀……?」
似ているなんてもんじゃない。
瓜二つ。高校生だった秀がそのまま成長した姿で目の前に居る。
私は混乱して自分が今何処にいるのかさえ分からなくなった。
どうして秀が?
それに何で大人になってるの?
これは夢か何かだろうか。
「ライ?」
内藤さんを仰視したまま黙ってしまった私を殿が不思議そうに覗きこんだ。
殿の声が聞こえ、段々と気持ちが落ち着いていく。
そうだ、ここはあの世界じゃない。
目の前に居る人が秀のわけないじゃないか。
そもそも小夜ちゃんだって小夜子と瓜二つなんだから今更驚くことない。
自分に言い聞かせる様にそう唱え、固まっていた表情を何とか笑顔に変えて内藤さんに向き直る。
「すみません、知り合いに似ていたので驚いてしまったんです」
引きつらないようにするのに必死で上手く笑えたか不安だけど内藤さんは気にする様子もなく「大丈夫ですよ」と微笑んでくれた。
その笑顔に何故か胸がズキリと痛んだ。