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桜の蕾《完結》  作者: アレン
2章
20/99

20.月下の二人


お茶を持っていって部屋を出てからかれこれ数時間。

辺りは夕日でオレンジ色に染まりうっすらと月も見えている。

私は縁側に座ってボーと外を見ながらすっかり冷めてしまったお茶を飲んだ。



いったい殿たちは何を話しているんだろう。

あれからあの部屋から誰も出てこないし……



1度お茶のおかわりを持っていこうとした。

でも部屋にはとてもじゃないけど入る事が出来なかった。

始めに行ったときには入りづらかったのは私が緊張していたっていうのがあったからだけど、その時は部屋の空気が凄く張り積めていて怖じ気づいてしまったんだ。

それに、微かに聞こえた民部くんの声が真剣で少し緊張していた。



飲み終わったコップをお盆に戻す。

そこには空になったコップが何個か重ねられていてそれを見てため息が溢れる。



いつまで話してるのよ。

お茶持っていけなかったから私が全部飲んじゃったじゃん。

もうお腹タプタプになっちゃったし。


イライラしてよくわからないことにまで腹が立ってくる。


それと同時に子供みたいな我が儘が次々と浮かぶ。



何かあったのなら私にも教えてくれたらいいのに。

部屋を追い出さなくてもいいのに。




何て考えながらまた溜め息をついた。



ダメだなぁ。

こんなこと思うなんて私らしくない。

前まではこんな風に気になったりイライラしたりなんてしなかったのに。


殿が好きだと気づいてからこんなもやもやした気持ちが心を覆いつくすようになった。


殿の事をもっと知りたい。

私には全部話してほしい。


そんなことをずっと思っている。

私はこの世界の人間じゃないからなるべく関わらないほうがいいってことは分かっている。

でも、そんなことどうでもよくなっちゃうほどあの人のことが好きなんだ。



「蕾様いらっしゃいますか」

「小夜ちゃん?」


肩越しに振り返ると小夜ちゃんが襖を少し開けて顔を覗かせていた。

手招きすると、微笑んで中に入って私の隣まで来た。


「外を見ていたのですか?」

「ん?うーん、見てたような見てなかったような……」


正直どっぷり考え事に浸ってて外なんて見てなかったりなんだけど。


「月が綺麗ですね。今日は満月だそうですよ」


空を見上げながら微笑んだ小夜ちゃん。

私も上を向いてみた。


「わぁぁ」


空には大きな満月が優しい光を放っている。

そのまわりには沢山の星がキラキラと輝きまるで宝石箱みたいだ。

こんな夜空は今まで見たことない。


「綺麗……」

「そうですね……」


黙ったまましばらく二人で空を眺めていた。


そんな風にしていると、さっきまで感じていたもやもやした気持ちが段々スッキリしていく。



「こんな空見てたら悩みなんて吹き飛びますよね」


私の考えが分かったみたいに小夜ちゃんはニコッと笑ってそう言った。



もしかして私のこと心配して?



何て考えたけどそれは口に出さず、私も頬を緩めて



「うん。そうだね」


久しぶりにとても穏やかな時間だった。



**********


頬に暖かな感覚が広がる。


ゆっくりと目を開けると殿の顔が目の前にあった。



「こんなところで何をしているんだ?」


彼は驚いた表情で私の頬を撫でた。


まぁ驚くのも無理もない。

私がいたのは殿たちが込もっていた部屋の前。

出たら私が座り込んでたら誰でもビックリするだろう。


「こんなに冷えて……いったいいつからここにいたんだ」


眉を潜めた彼は凄く心配そうな目をしている。

それを見て自然と私は笑みがこぼれた。


「そんなに待ってないよ。お疲れさま」

「ああ」


彼の頬にそっと触れると、優しく笑ってくれた。


それだけで嬉しさが胸に広がる。

小夜ちゃんと話をして無償に殿に会いたくなっちゃって思わず来ちゃったけど来てよかった。


「何か用でもあったのか?」

「そういうわけじゃ無いんだけど……」


どうしよう。いざ理由を聞かれると何と言ったものか。

貴方に会いたかったから、何て言ったら私の気持ちがバレてしまうだろうし、他だと可愛くないことを言ってしまいそうだ。


黙ったまま殿を見つめていると、彼はふっと笑って私の脇に手を差し込んでグッと持ち上げた。


「部屋まで送ろう」


殿は私の手を握って歩き出した。

私は何も言えず黙ったままそれについていく。


会いたかっただけ。

それだけで殿を待っていたはずなのに彼を見たらもっと一緒にいたい。

どうにかもう少し一緒にいれないものかと考えてしまう。


思わず苦笑が浮かぶ。

一目見たら直ぐに帰るつもりだったのに駄目だな。



どちらも話さずに歩き続け、庭に面した縁側に差し掛かった。

小夜ちゃんと見たときは暖かいと思った月の光も今は少し寂しく感じる。


顔を横に向けたまま歩いていると、いきなり頭が何かにぶつかった。

慌てて前を向くと殿が立ち止まって月を眺めている。


「美しいな」


そう言った彼の顔に私は釘付けになった。

薄く口角を上げ目を細めるその姿は目の前の月なんて比べ物もないほど綺麗。

しかも月の淡い光がそれをより一層際立たたせている。

カメラがあったら間違いなく盗撮しちゃうと思う。


うっとりしながら彼を見つめていたから私の頭はちょっとおかしくなっちゃったんだろう。


「ねぇ、もう少しここで見ていかない?」


なんて口走ってしまったんだ。


殿は目を丸くして私の方を向いた。

私も自分が言ったことが信じられなくて目を見開く。


なんてこと言ってしまったんだろう。

殿はずっと話し合いをしていて疲れてるだろうに、私は自分の願望をそのまま口にしちゃって!


「えっと、その、」



違うの、これは冗談で。

いや、これは彼に失礼だ。


今のは忘れて下さい。

逆に忘れられなくなりそうだ。


私がそんなこと思うはずないでしょ?!

どこのツンデレだ!!



脳内のシミュレーションに突っ込みをいれながらアワアワとしていた。


すると、殿が「ぷっ」と吹き出して笑いだす。


「はははっ、まるで陸に打ち上げられた魚のようだぞ」


大爆笑した彼にますます顔が赤くなる。


「さ、魚は失礼でしょ」


顔の赤さを誤魔化す為に俯きながらそう言うと拗ねた子供のような言い方になってしまった。


またそれがツボに入ったのか殿はもう一度吹き出しながら私の頭に手を置いた。


「そうだな。ライの誘いに乗ってもう少し月見でもするか」

「ほんとに?!」


さっきまでとはうって変わって笑顔で顔を上げると、殿は少し驚いた顔をしてからまた目を細めた。


「ならば酒が必要だろう。酒の無い月見は味気ないからな」

「お酒ね!直ぐに持ってくるから!!」


完全にテンションの上がった私は殿の返事も待たずに全力疾走で台所へと向かった。




その姿を見て殿が優しげな笑顔を浮かべていたことは月だけが知っていること。




**********


「綺麗ですねぇ」

「そうだな」


二人で並んで月を眺めながら何回目か分からないほど呟いた言葉をまた口にする。



チラリと殿を見ると目を細めながらお猪口を傾けていた。

風に揺られる綺麗な髪や着物の合わせ目から鎖骨が大人の色気をこれでもかってぐらい醸し出している。


「綺麗ですねぇ」なんて余裕そうに言ってはみているものの同じ言葉しか出ないほど今凄くテンパっている。

無駄に垂れ流される色気に私の心臓は崩壊寸前だ。


ただでさえ普段から彼を見ればドキドキして大変なのにこんな二人きりの状況で意識するなってほうが難しいと思う。


しかし、いつまでも同じ言葉を言い続けるわけにもいかない。


「そ、そういえばさっきは何の話をしていたの?随分長い間話してたけど」


何か話題は無いものかと絞り出して言ってみたけど、完全にチョイスミスだと殿の浮かべた表情で悟った。


殿は私を顔を向けて一瞬困ったような表情をした後、いつもの少し寂しそうな笑顔を浮かべる。


「大した事ではない。少々晴賢たちと込み入った話があってな」

「陶さん……」


陶さんの顔を思い出して眉を潜める。

あのときのあの人の言葉は今思い出してもムッとする。

初対面であそこまでズケズケと言われるなんて心外だ。


そんな私の思いが分かったのか殿はクスリと笑って頭を優しく撫でた始めた。


「晴賢が嫌いになったか?」

「嫌い、っていうか苦手かな。初対面があれだったし……」


別に自分が特別可愛いとか綺麗だとか思った事はない。

むしろその逆でもっと美人ならなと最近はしょっちゅう思っているくらいだ。

でも陶さんの言葉には苛立ちと同時に寂しくもなった。

やっぱりこんなに大人でカッコいい殿には子供で平凡過ぎる私は似合わないって他人から言われてしまったのと同じだ。

ほんの少しだけあった希望が崩れてしまったよう。


「あまり気にするな。悪い男ではないんだ。ただ大内を誰よりも大切にしている。だからライにもああいう風に強く言ってきただけなんだ」


そう言いながら寂しそうな目をする殿。

思わず出そうになった手を既で抑えつつ問いかける。


「大内のためってこと?」

「ああ」

「でも何で?私は大内とは関係ないんじゃないの?」


別に私が大内に入ったとかそういうわけでもないのに。


「噂だろう。私がライを助けた事が周りにも広まってしまっているようだからな。噂の確認の為にライに話しかけたのだろう」

「噂……」


そういえば陶さんも噂がどうのって言ってた。

その噂のせいで大内に何か大変な事が起こるかも知れないってこと?

それで陶さんはあんなに私に突っかかってきたの?


それが本当なら、


「それって私のせい、だよね」


殿が私を助けたから、私がここにおいてって言ったから。

もしかしたら私のせいで殿に迷惑がかかるかもしれないってことだよね。


不安で声が震える。

もしそうだと言われれば私はここから出ていくべきだ。

原因は私なんだし、そもそもこの世界の人間ではないんだから。


でも、そうなったとしたら私はどうすればいいんだろう。

殿に手を離されてしまえば私は完全に独りになってしまう。

今だにもとの世界に帰る方法は全く分かっていないし、ここには知っている人なんて一人もいない。


何より殿が好きな私は彼から離れたくないと心が叫んでいる。


ぎゅっと涙が零れそうな目を瞑ると、背中に冷たい感触が触れた。

その瞬間グッ体を引き寄せられ抱き締められた。


「っっ」


いきなりの事に思わず体を離そうと彼の胸を押そうとしたが、背中に回された腕がそうはさせないと言いたげに力を強めた。


「変なことを考えるな。誰が何と言おうとライを助けたのは私の意思だ。お前が気に病むことなど1つもない」


耳元で呟かれた言葉は優しく、まるで子供を宥めるように頭を撫でる手は温かい。

その言葉に、行動にまた涙が出そうになる。


私はここにいて良いんだと言ってくれた。

私の不安や弱い気持ちを掬いとって欲しい言葉をくれる。

もしも殿が私を見つけてくれなかったらどうなっていたんだろう。

誰も助けてくれず、飢え死にしていたかもしれない。

小夜ちゃんや民部君にも会えなかった。


そう思うと殿には感謝しても全然足りないくらいだ。

そしてますます彼の事を好きになっていく。

秀のときの憧れの恋愛とは違う。

心の底から好きだという気持ちが溢れている。



「ありがとう……」



そう言って私は目を閉じた。




**********


「……ここにいたのですか」

「……ああ」


完全に覚醒仕切らないなか微かな言葉を耳で拾った。

多分話しているのは殿と民部君だと思う。


薄く目を開けると微かに月が見える。

どうやら私はあのまま眠ってしまったようだ。


「蕾様は眠られたのですね」

「そうだな」


殿の冷たい手が髪をゆっくりと撫でる。

ギシリと床が軋む音がしてので隣に民部君が腰かけたようだ。


「御屋形様」


あらたまったように呟いた民部君に、殿の手がピクリと少し震えた。


「何だ」

「お訊きしたい事があるのですが」

「申せ」

「先程の陶殿との話のことです」


思わず肩が強ばった。

ドクンドクンと波打つ心臓を何とか宥めようと静かに息を整える。


殿は何も言わず黙ったまま。

緊張した空気が漂う。


私は聞き漏らすまいと息を殺して殿が話し出すのを待った。


30秒ほど沈黙が続き、はぁと息を吐く音でそれが破られた。


「何が訊きたい?」

「陶殿が言っていたことです」

「晴賢が?」

「はい。次の戦いでは毛利に勝利できると仰ていました」


『毛利』『戦』その単語が引っ掛かる。

毛利って教科書とかに出てくるあの毛利だよね。

何でこんなところでそんな名前が出てくるんだろう。

それに戦ってことは殿たちは毛利と戦ってたってこと?


「そうだな。近々また戦が起きるだろうな 」

「しかし、毛利は本気ではなかったという噂を耳にしました。それに厳島で不穏な動きがあるとも」


そこで民部君は一呼吸置き意を決したように口を開いた。


「もし噂が本当なら今回の戦いの比ではない大きな戦になるのでは?」


怖いほどの沈黙。



戦が起こるって何?


ここも戦場になるってことなの?


その戦には殿も行くの?



胸が苦しくなって息が荒くなる。

何も言わない殿に不安が募るばかり。



「流石民部だな。そこまで考えているとは」


ふっと笑った殿に民部くんの空気も少し緩んだ気がした。


「そんなこと。少し考えれば誰でも分かることですよ」

「そうか」


そう言った殿は私の頭に置いていた手を離した。


「民部の危惧している事は大体合っているだろう。今回はこちらも本気ではなかった。だから晴賢は次は勝利できると言った。だがそれはあちらも同じだろう 」

「その証拠にお互いにそこまで大きな損害は出ていませんしね 」

「ああ。まぁ次は大内総出の戦いになるだろう。そう簡単には勝たせんよ 」


少し目を開けて殿の顔を伺うと表情は真剣そのものでその目には悲しみの色が伺えた。


民部君も悲しそうな表情を浮かべて殿を見ている。

ふと彼の視線が私に向いた。


「戦が起こったとしたならば殿も御出陣なさるのですね?」

「さぁ、それは晴賢次第だな」

「では蕾様はどうなさるおつもりなのですか?」


いきなり自分の名前が出てきて思わず目を見開きそうになった。


「何故ここでライが出てくるのだ?」


殿がつぶやくように尋ねた。


「殿と蕾様がどの様なご関係なのかは私には分かりません。ですが蕾様がここに居る以上どの様な事に巻き込まれないかも分からないのですよ?戦が始まるのだとしたら尚更……」

「……」

「蕾様の存在は既に家臣に広まっています。何時またあのときのような混乱が起こるかも……」

「民部」


低い声が民部君の言葉を止める。

殿は冷たい手を私の頬に重ねて二、三度撫で手を離した。


「お前の心配はよく分かる。だがライの事はちゃんと考えている。何時までも側に置いておけない事もな」

「御屋形様……」

「だが今はまだこのままでいさせてくれ」


悲しみを含んだ声。

民部君もそれに何も言えずただ私を見つめる殿を見ていた。



「まだ、このまま……」



私は殿の事を何一つ知らない。

この世界で今何が起こっているのかも、何で殿は寂しそうな目をするのかも。


殿と離れたくないと思う一方元の世界への未練も捨て切れていない私。

でも、もし彼の何かを癒すことが出来るのなら。

こんな私でも何か役にたつのなら。


まずこの世界についてもっと知るべきだ。


殿に自分の気持ちを伝えるのはその後じゃないといけない、そんな気がする。

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