19.分からない人
「少し宜しいか?」
玄関の所で掃き掃除をしていたときいきなり後ろから声をかけられた。
驚いて箒が手から落ちそうになったのを間一髪のところで掴んだ。
「これは失礼。驚かせてしまったようですな」
振り返ると一人の男が立っていた。
「貴方、誰?」
30歳位だろうか。
少し髭を生やしていて大人の男の人という感じ。
ダンディーなおじ様という感じで殿とは対照的なイメージだ。
男は私のことを値踏みするように見ている。
何だか嫌な感じがして一歩下がる。
「誰?って聞いてるでしょ」
もう一度聞いてみたが男は私の質問に答えようとしない。
何なの?!
いきなり声かけてきて質問に答えずに人のことジロジロ見るなんて!
まだ黙っている男に私は我慢出来なくなる。
「ちょっと!」
「お主見ぬ顔だな」
一言文句を言ってやろうとしたら男がいきなり口を開いた。
「は?」
予期せぬ男の言葉に私は頭が真っ白になった。
「もう一度聞く。見ぬ顔だな」
何故か逆に私が質問されている。
ちょっと、私の質問はどうなったのよ?
てゆうか見ぬ顔って……
「私も貴方とは初めて会いますからね」
知らなくて当然だ。
でも男にとっては欲しかった答えではなかったらしく、眉をひそめた。
いや、そんな顔されても……
「まぁ良い。ところでお主名はなんという」
何がいいのか分からないけどこの人の中では完結したらしい。
「蕾です」
「蕾……」
男は驚いたように目を丸くし、直ぐにニヤリと口角を上げた。
「そうか、お主があの……」
「陶殿?!」
後ろから驚いた声が聞こえ振り返るとそこには民部君がいた。
って、え? この人があの陶さん?!
驚いて陶さんを見ると先程と同じ意地悪な笑みを浮かべている。
「遅いではないか、民部」
「申し訳ございません。随分お早いご到着でしたね」
近づいてきた民部君は何故か少しひきつった顔をしている。
「少し見たいものがあってな。予定より早く向こうを出たのだ」
「見たいもの?」
民部君がそう尋ねると陶さんは私の方に目を向けた。
「御屋形様が娘を拾ったという噂を耳にしてな。これは是非お目にかかりたいと思ったのだが」
そこで言葉を切って私を上から下へ見た。
そしてふっと鼻で笑う。
「御屋形様が拾うほどの娘だ。どんな可憐なおなごかと期待していたのだが、このような子供だったとは。少々残念だ」
「はぁ?!」
何で初対面のこの人にこんなこと言われなくちゃいけないのよ?!
殿といいこの人といいこの時代にはデリカシーってものが無いわけ?!
「口が過ぎますよ、陶殿。今の発言では蕾様のみならず殿への侮辱ととられてもおかしくはありませんよ」
「これは失礼。そんなつもりで言ったわけではないのだがな」
ピリピリしている民部君と笑っている陶さん。
でも民部君の言う通りだ。
私のことをなんと言おうと私がむかつくだけだけど、陶さんが殿のことを悪く言うのは自分の当主に言っていると言うことだ。
それっていけないことなんじゃないの?
「蕾殿。気を悪くなされたのなら申し訳ない」
「い、いえ……」
何を考えているのか全く分からない。
陶さんは殿の部下なんじゃないの?
「ところで民部。御屋形様は奥におられるのか?」
「はい。今は自室におられるかと」
「そうか」
陶さんはそれだけ聞いてさっさと屋敷の中に入っていった。
すれ違いざま一瞬こちらを見たが、その目はやっぱり何を考えているのか分からないもの思わずビクリと震えてしまった。
「申し訳ありません」
陶さんが去った後、民部君が申し訳なさそうに謝ってきた。
「え?」
「陶殿のお言葉です。あのようなことを蕾様に言うなど」
「大丈夫だよ。それに民部君が謝ることじゃないもの」
言われたことにはムカついたけど民部君のせいじゃない。
むしろ言い返してくれて感謝している。
「そうですか」
民部君はほっとしたように体の力を抜いた。
そんな緊張するような人だなんて。
「ねぇ民部君。さっきの人って……」
「御屋形様の重臣の一人。陶 晴賢殿です」
やっぱりあの人があの陶さん……
想像していた人とは随分違う。
もっと悪そうな人かと思ったけど見た目だけだとカッコいいおじ様という感じだった。
でも表情や言動は何を考えているのか全く分からず、言い様のない恐怖感を感じる。
それに一瞬だけだったけど、殿のことを話すときにどこか見下したような目をしていた。
民部君や小夜ちゃんが向ける『当主』として見る目とは全く別のもの。
自分の方が上だというような目だった。
「蕾様。申し訳ないのですが客間にお茶を持ってきて頂けないでしょうか」
「お茶?いいけど」
「陶殿もいらっしゃいますので居づらいとは思いますがよろしくお願いします」
陶さんの名前を聞いて断りたくなったが、すでに民部君の姿はなく。
断る前に逃げたな。
はぁと息を吐く。
また陶さんに会わなきゃいけないのは憂鬱だけど殿に会えると思えば何とかなりそうだ。
もう一度ため息をついて私も屋敷の中に入った。
**********
(は、入りづらい……)
小夜ちゃんに手伝って貰って淹れたお茶を持って私は客間まで来ていた。
ここへ来るまでは憂鬱だったけどまだ殿と会えると心が弾んでいた。
でも目の前まで来てそれはすっかりなくなってしまった。
何か物凄く重苦しい空気が漂ってるんだけど!
ここだけ違う世界みたいだ。
中で誰かが話しているのは微かに聞こえるけどそれがより一層気まずくさせる。
ええい、このままここにいてもどうにもならないじゃない。
ガッツよ私!!
自分に言い聞かせて襖に手をかける。
「失礼し「スパーン!!」
勢いよく開けすぎて大きな音が響いた。
沈黙が流れる。
や、やってしまった。
せめてゆっくり開ければ良かったのに!
部屋には殿と陶さんと民部君がいて、みんな何事かとこちらを見て驚いている。
「えっと、そのぉ、お茶を持って来たんですけど……」
何か言わなければと話したがこの空気に耐えられずどんどん声が小さくてなっていく。
「あぁ、ありがとう」
殿がニッコリ笑って言葉を返してくれた。
それを見て私もほっとした。
「ここに置いて貰ってもいいか?」
「あ、はい!」
ゆっくりと襖を閉めてから殿に言われた所にお盆を置く。
そのとき民部君の横を通ったけどまだ驚き顔で固まっていた。
「ど、どうぞ」
緊張して震えつつも何とかお茶を淹れて殿の前に出す。
するとニッコリ笑ってポンっと頭を撫でられた。
顔が赤くなる。
内心では凄く嬉しいものの人がいるまえでやられるのは凄く恥ずかしい。
そして次は殿の前に座っている陶さんへ。
「また会いましたね。蕾殿」
「そうですね」
何とも言えない空気が漂う。
「ライと会ったのか?晴賢」
「ええ、先程お会い致しまして」
そして陶さんはチラリと私の方を見る。
「蕾殿は大変麗しい方ですな。噂通りのお方で私も目を奪われましたよ」
う、麗しい?!
何言ってるこの人!
さっきは子供だとか残念だとか散々言ってたくせにさ!!
殿に見えないようにキッと睨んだが陶さんは全く気にしてないように流されてしまう。
「ははっ、麗しいとはライには似合わぬ言葉だな」
殿はそんな私たちのことなんて気づいてないように陽気に笑った。
「はぁ?!」
思わず間抜けな声が出てしまった。
そこはせめて少しでもフォローをするところでしょ。
明らかに陶さんは嫌みで私をそう言ったと分かるだろう。
それを分かった上でのこの態度とか?
そんな風に考えてみたが、殿はケラケラ笑いながら民部君にまで同意を求めている。
分かってるんだかどうなんだか……
彼が何を考えているのか全く分からない。
「似合わぬとは、蕾殿に失礼ですぞ」
ニッコリ笑いながらそう言った陶さんをもう一度睨む。
その失礼なことをさっき堂々と本人の前でしたのはお前だろ!!
てゆうか何で陶さんにフォローされてるんだ?!
チラリと殿を見ると彼はニヤリと意地悪な笑みを浮かべていた。
「ライはまだ蕾だからな。蕾を麗しいというのはおかしいだろう?」
「っっ!」
殿の言葉に陶さんは息を飲んだ。
民部君も驚いた顔をしている。
私はというと何がなんだか分からずポカンとしていた。
何でみんなそんなに驚いた顔をしているんだろう。
殿は何を言いたいの?
殿をじっと見ていると、彼はニッコリ笑って私の髪をクシャっと撫でた。
「ちょっ、何するの?!」
必死に彼の手をどけようと抵抗するも髪はグシャグシャになってしまった。
何なのよ!?
キッと睨むと殿は優しい笑顔を浮かべて私を見ていた。
「蕾が咲くときにはきっと誰もが目を奪われる花になっているだろうがな」
そう言った殿に私は目を奪われた。
『誰もが目を奪われる』が似合うのは殿だと思う。
殿は私をそんな風になると思っているんだろうか。
誰もがってことは殿も?
でも咲くときにはってことは今は違うの?
私は真っ赤になりつつもそんな2つの疑問を頭に浮かべていた。
彼は私がこんなにも好きだということを分かっているのだろうか。
意味深な言葉を吐くのはからかい?それとも本心?
「そうですか、それは咲くのが楽しみですな」
そう言った陶さんは少し悔しそうな顔をしているように思えた。
でも直ぐにさっきまでの何を考えているか分からない表情を浮かべる。
「話が長くなりましたな。本題に移ってもよろしいか?」
本当に何を考えているか分からない人だ。