17.会いたい人
ズキッ
鈍い痛みを感じゆっくりと目を開く。
目の前にはゆらゆらと揺れる葉っぱ。
でもそれは遥か頭上で揺れている。
体を起こそうとしたけど激痛が走り、私は顔を歪めてまた寝転んだ。
イタイ……
体のあちこちがズキズキする……
何とか頭を動かして周りを見てみると見えたのは茶色い砂の色だけ。
どうやら私は崖に堕ちてしまったようだ。
あれ、何で堕ちたんだっけ?
確かヨモギを見つけてそれを採ろうとして……
誰かに突き落とされたんだ――――
顔は見えなかった。
だけど多分男の人だった。
どうしてこんなところにいたの?
もしかして百合さんが……
頭に浮かんだ疑惑を振り払う。
今はそんなこと考えてる場合じゃない。
早くここから脱出しなくちゃ。
指先をゆっくりと動かしてみる。
指が動くごとに全身が痛みだす。
骨折はしてないと思う。
でも全身は打撲だらけで全く動かす事が出来ない。
動かすのを止めて目を閉じる。
どうしよう。
体が動かせないのならここから這い出すことも助けを呼ぶ事も出来ない。
もしかしたら誰かが私を助けに来てくれるかもしれない。
小夜ちゃんならきっと気付いて殿に言ってくれ……
そこで私の思考は停止した。
何考えてるんだ。
彼が私を助けに来てくれるわけないじゃないか。
私は彼を傷つけたのよ?
それに第一彼は私の事を何とも思っていない。
小夜ちゃんがもし私がいないと言っても意味ない。
だって彼が私を助ける理由がない。
そうでしょう?
ポツリと頬に滴が落ちた。
ぼんやりと目を開けると雨がパラパラと私へ滴を落としてくる。
そういえば最初に倒れていた時も雨が降ってたな。
そのときは殿が助けてくれたん、だっけ……
ぼんやりとあのときのことを思い出しながら私は意識を失った。
次に目を開けると周りは真っ暗になっていた。
ただ、今日は満月のようで遥か頭上の木々をうっすらと照らしている。
いったいどれだけ気を失っていたんだろう。
雨で水を含んだ着物が肌に張り付く。
もう少しも体を動かすことが出来ない。
私このまま死んじゃうのかな?
小夜子と秀の顔が浮かぶ。
私がいきなりいなくなって心配してるだろうな。
せめてもう一度会いたかったなぁ。
次に浮かんだのは小夜ちゃんの顔。
今頃泣きながらオロオロしてるだろうな。
小夜ちゃんとはもっといろんな事を話したりしたかった。
みんなお世話になりっぱなしだったのに何も返せなかったな。
みんなごめんね。
今までありがとう。
ゆっくりと目を閉じる……
『――ライ』
私を呼ぶ彼の笑顔が脳裏をよぎった。
バッと目を開ける。
その瞬間に涙が溢れ出てきた。
私のことをライと呼ぶあの人。
いつも子供みたいな笑顔で私をからかっていた。
あの笑顔をもう一度見たい。
あの少し冷たい手で触られたい。
まだ言っていないことが沢山あるのに。
ヒドイ事言ってしまってごめんなさいって。
貴方のことが好きなのよ、って……
そう言ったらいったいどんな顔を浮かべてくれたんだろう。
困った顔をしたかな?
いつもの無邪気な顔?
それともたまに見せるあの優しい笑顔?
あぁ、あの人にもう一度……
「会いたい……」
「ライ!!!」
目の前がいきなり明るくなった。
反射的に瞑った目を恐る恐る開ける。
「あ……」
ボロボロと涙が溢れる。
「ライ! 無事か?!」
崖の上からいっぱいに身を乗り出す人。
満月に照らされキラキラと輝いて見える。
「殿……」
掠れた声でそう言うと、彼は飛び降りて私のもとに駆け寄ってきた。
私を抱き抱えて頬をゆっくりとなぞる。
「大丈夫か? 痛いところは?」
殿は凄く苦しそうな顔をして私の顔をのぞきこんだ。
まるで殿の方が痛いみたい。
私は口元を緩めて殿の胸に頭を預けた。
「大丈夫。来てくれてありが、とう……」
殿の温もりに包まれて私は意識を手放した。
**********
夢を見た。
桜の木の前に立つあの人に、
駆け寄って強く抱きしめられる。
そんな夢を。
**********
ゆっくりと目を開けるとすっかり見慣れた木の天井があった。
そっか、私また殿に助けてもらったんだ。
ふと額に冷たい何かが置かれた。
「目が覚めたか」
顔を横に向けると殿が優しい笑顔を浮かべて私の額に手を乗せていた。
「気分はどうだ?」
返事をしようとしたけど上手く声が出ず首を縦に振った。
「そうか……」
そう言って彼は私の額を撫でた。
その手の体温が心地良くて私は目を細める。
熱があるのかな、なんて呑気に考えていると撫でていた手がピタリと止まった。
不思議に思って目を開けると、彼は顔を歪めて膝に置かれた拳を強く握った。
「すまぬ」
その言葉に私は目を見開いた。
どうして殿が謝るの?
「すまぬ、ライ」
もう一度言って彼は額から手を離そうとした。
私は慌ててその手を両手で掴んだ。
「どうして謝るの?」
少し掠れた声で聞くと、一層彼の眉間の皺が深くなった。
「ライを危険にさらしてしまった」
「それは殿のせいじゃないでしょ?」
「いや、私が目を離さなければこんな事には……」
殿はそこで言葉を切ってうつ向いてしまった。
どうしよう。
こんなときにこんなこと思うなんて不謹慎なのに。
殿が私のことでこんな風に思ってくれていることがとてつもなく嬉しい。
彼が愛しくて愛しくて堪らない。
いつの間にこんなにこの人を好きになってしまったんだろう。
私は手を伸ばして彼の頬を撫でる。
「そんなことない。私は貴方が見つけ出してくれて凄く嬉しかった」
殿は目を見開いて私を見ていたけど、しばらくしてくしゃりと笑って。
「そうか」
と優しく言った。
私が自分の気持ちを打ち明けたら彼はこんな嬉しそうな顔をしてくれるのだろうか……
臆病な私はまだ本当の気持ちを素直に言えないけど
いつかこの気持ちを言えたらいい。
そう思いながら彼の頬をゆっくりと撫でた。
少しでもこの気持ちが彼に届くように……
 




