13.ナンパ
「何なのよ、もう」
止まらない涙を拭いながら私は呟いた。
あれから夢中で走って、今は井戸の端でうずくまっている。
あんな最低なやつに私のファーストキスを奪われたということが心底ムカつく。
あんな風に言われて私の怒りボルテージは崩壊寸前だ。
出来ることならあのときに戻ってやり直したい。
そして何より淋しかった。
この世界で彼だけが私の気持ちを理解してくれるんだと勝手に思ってた。
酷く裏切られた気分だ。
「あんな当然みたいに言わないでよ」
また涙が溢れてくる。
「そこの、何をしているんだ?」
いきなり頭の上から声が聞こえ、私は驚いて顔を上げた。
そこには見たことない男の人5人が私を不思議そうに見ている。
「どうした?」
「どっか痛いのか?」
口々に喋る彼らに私はただ首をふった。
声を出すと絶対に涙声になってしまいそうだ。
「あれ、お前この前殿に助けられた子供じゃないのか?」
『殿』という言葉に体が震える。
それを見た男達は更に近づいて来た。
「そういえば女だって噂で聞いたな」
「へー結構可愛いじゃないか」
そう言って一人がしゃがんで顔を覗き込んできた。
私はバッと顔をそらす。
「うわー目ぇ真っ赤」
「もしかして殿に泣かされたとか?」
「違う!」
思わず叫んでしまった。
男たちは顔を見合わせて笑い出す。
「ハハハ図星か」
「そんなムキなってさぁ」
「可愛そうだなぁ慰めてやろうか?」
そう言って一人が私の腕をぐっと無理矢理引っ張った。
「ちょっ、いやっ」
「いいじゃねぇか、俺たちとちょっと遊ぼうぜ」
顔を歪めた男たちに背中がゾクッとした。
怖い……
触れられた腕が凄く気持ち悪い。
握る手の強さが増すごとに恐怖も増していく。
あいつに触られてもこんな事思わなかったのに……
体が震えて上手く力が入らない。
そうしている内に男はどんどん歩いていく。
「やめて! 離してよ!!」
振り払おうとしても男の腕はびくともしない。
「暴れるなよ。ちょっと相手してもらうだけだろ」
どうしよう、どうしよう。
お願い……誰か助けて……
ぎゅっと目を瞑った。
「何をしておるのだ」
低い声が聞こえた。
声のした方を見ると少し息が上がった殿がこちらを睨み付けていた。
助けに来てくれた……
私は目頭が熱くなってまた泣き出しそうになった。
「殿ですか」
男たちは焦った様子を全く見せず、ニヤニヤと彼を見ている。
殿が来たのだから普通は小夜ちゃんの様に焦るんじゃないだろうか。
さっきの殿が言っていた言葉が思い出した。
もしかしてこの人達は殿のことを飾り物だと思ってるの?
殿は男たちの態度に対して何かを言う訳でもなく黙ったまま近づいてきた。
俯いていて表情が分からない。
「質問に答えろ。一体何をしているのだ?」
顔を上げた殿は私が諱を言ってしまった時に見せた冷たい目をしていた。
私に向けられている訳じゃ無いのに足がすくむ。
流石に男たちも顔が強ばっている。
「こ、この娘が泣いていたから皆で慰めようとしていただけですよ」
「そうなのか?」
殿は私の方を見て問いかける。
私は必死に首を振った。
それを見て彼は少しだけ微笑んで直ぐに男たちを睨んだ。
「どうやら嫌がっているようだが?」
「くっ」
男たちの表情は歪み、悔しそうに彼を見ている。
「ちっ。わかりました」
乱暴に彼の方に飛ばされ倒れそうになる。
でも、彼が受け止めてくれてこけずにすんだ。
「行こうぜ」
男たちはこちらを睨み付けたままその場を後にした。
すれ違ったときに一人が。
「陶様の傀儡のくせに」
と呟いたのが聞こえた。
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何処か気まずい雰囲気が広がる。
私も彼も何も言わない。
助けて貰ったんだからちゃんとお礼言わないと。
でもさっき怒鳴ったばかりだから気まずい。
「……か?」
ふと彼が何か言った。
「え?」
彼の方を見ると、眉を歪めて遠慮がちに呟いた。
「迷惑だったか?」
口を開こうとしたけど言葉が出てこない。
そんな私に次は真っ直ぐこちらを見てもう一度口を開いた。
「止めに入らぬほうが良かったか?」
私は大きく首を振る。
それを見て彼はほっと安心した顔をした。
「追いかけてみたらライが連れて行かれそうになっていたので焦ったぞ」
それを聞いて張りつめていた緊張が一気に解けてポロポロと涙が溢れた。
「あ、ありがとう。本当に怖かったから……貴方が来てくれて本当に嬉しかった」
そう言うと、彼は微笑んで私の頭を優しく撫でてくれた。
撫でている手は凄く温かくて安心する。
あの男に触られたときと大違いだ。
顔を上げて彼を見ると、額にほんのり汗で湿っている。
私、一方的に怒鳴っちゃったのに……
ここにはここの考え方がある。
小夜ちゃんの話を聞いたときにそう思ったのに。
私は自分の常識を無理矢理押し付けて八つ当たりしてしまった。
「ごめんなさい……」
小さく呟くと撫でていた手が止った。
「いきなり何だ?」
驚いたように私を見る彼を次はちゃんと真っ直ぐ見る。
「ごめんなさい。私貴方に酷いこと言ったのに……」
語尾が小さくなってうつ向いてしまう。
来てくれる何て思わなかった。
止めてくれてほんとに嬉しかったの。
「いや、あれは私も悪い。すまないな嫌がることをしてしまって」
気まずそうに笑いながら謝った彼に私も笑顔を向けた。
またお互い様だ。
「ありがとう」
誰も助けてくれないと思った。
本当は半分諦めかけてた。
でもちゃんと助けてくれた……
感謝の気持ちを笑顔に乗せて彼に伝える。
「助けてくれてありがとう」
そのあと、彼は無言で私の頭をグリグリと撫でていた。
それが照れ隠しだとわかって私はクスクスと笑い続けた。
彼は意地悪でデリカシーが全くなくて、たまにムカつくことをしてくるけど。
ちゃんと私のピンチには助けてくれる人みたいです。