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桜の蕾《完結》  作者: アレン
1章
12/99

12.秘密の園

「あいつ何処にいるのよっ」


洗濯を終えて私は長い廊下を歩いている。



小夜ちゃんの話を聞いてあいつに謝ろうと決めたはいいが全然見つからない。

小夜ちゃんも分からないと言っていた。



「あー、あの曲がり角から出てきたらいいのになぁ」


それは都合良すぎだよね。



なんて考えながら曲がり角を曲がろうとした。



「おっと」

「わわっ!」


曲がり角で人とぶつかりそうになった。

本当に人が来るとは思ってなかったからビックリだ。


「す、すみません」

「いえ。こちらこそ」


あいつの声じゃない。


顔を上げて相手を見てみる。



「あ!貴方あのときの」

「あぁ、確か御屋形様が助けられた」


目の前にいたのはこの前殿にぶつかったとき隣にいた男の子だった。

確か民部くんだったかな。


「もう大丈夫なんですか?」

「はい、おかげさまですっかり。民部……くん?」

「自己紹介がまだでしたね。私は御屋形様の小姓をしております杉 民部と申します」

「さく、蕾と申します」

「ええ、御屋形様から聞いております」



そう言って民部君は子供みたいな可愛らしい笑顔を浮かべる。


ああ、どっかの誰かさんとは大違いだ。



あ、小姓っていうのならもしかしたら居場所を知っているんじゃ!



「ねぇ! 民部君はあい……殿が今何処にいるのかわかる?」

「御屋形様ですか?」



こくりと頷くと、民部君は顎に手を当てて悩み始めた。



「確実ではありませんが、心当たりならばあります」

「ほんと?!」

「はい」


心当たりを教えてもらって民部君と別れる。



小姓って一番近くにいる人だよね?

そんな人でも居場所が分からないなんて……

大丈夫なのかな?



**********


民部君から聞いた場所に向かう。



『御屋形様はよく裏の林にある桜の下におられるそうなんです。今日ももしかしたら』



桜であろう木々はすっかり緑の葉で覆われていた。

流石にこの時期にここにはいないのかな。



そう思いつつ進んでいくと、1本だけ桃色に染まっている木があった。



「まだ桜が咲いてる……」



満開とまではいかないけどまだ少し花が残っていた。

近くに行くと、誰かが寝転んでいる。



(見つけた……)



彼は寝ているわけでもなく、ただ目を閉じているだけみたいだ。



「こんな所で何してるの?」



問いかけると、ゆっくりと目を開けて私を見た。



「あぁ、ライか」


そう言い、ふんわりと笑って起き上がった。


その姿を見て思わず顔を反らす。



こんな優しい顔もするんだ……



今まで見てきた笑顔は笑ってるけど何だか悲しそうに見えた。

でも今のは目が離せなくなりそうなそんな笑顔……


って何考えてんだ私!!



「どうしたのだ?」

「別に……」



謝りに来たのに恥ずかしくて顔がまともに見れない。


俯いた私に殿はクスリと笑っていきなり腕を掴んだ。


「へ? うわっ!!」



そのまま思いっきり引っ張られ、私は前のめりに倒れた。しかも顔面ダイブで。


結構な勢いだったのでへこむんじゃないかってほど鼻を強打した。

あまりの痛さにうっすら涙がうかんだ。


元凶の殿はというと、隣でケラケラと笑っている。



何するんだこいつは!

さっきまで和やかな雰囲気だったなのに台無しじゃない!!



「ちょっと何するのよ! てかいつまで笑ってるの!」

「ハハハ。すまんすまん」



ほんと信じられない。

女の子を普通引っ張る?しかも顔を地面に向けて!!



「で、どうしたのだ? ただここに来ただけではあるまい」

「そうよ! 全然捕まらないから民部君に教えて貰ったの!!」



民部が、と彼は呟いた。


その顔が少し不満そうだったのは私の気のせいだろう。



「謝りに来たの!」

「謝る? 何を」



あーもう!

こんな風に言うつもりじゃなかったのに!!



「この前貴方のこと諱で呼んじゃったでしょ? 小夜ちゃんから諱のこと聞いて謝りたかったのよ!」


叫ぶようにそう言うと、彼は目を丸くして驚いた。


「謝りに?」

「そうよ……」


私は改めて姿勢を整えて頭を下げる。


「ごめんなさい。私知らなかったから……」



殿は黙ったまま私を見ていたけど、しばらくしてポンっと私の頭に手を置いた。


「別によいのだ。私も悪かったなあんな態度をとってしまって」



顔を上げると彼は優しく微笑んでいた。


よかった。怒ってなくて。


ほっとして、私も笑顔になる。



「ううんいいの。お互い様ってことで」



お互い目を合わせてクスリと笑った。

殿がまた後ろに寝転んで目を閉じたので私も彼の隣に腰を下ろす。


「どうだ、こちらの暮らしには慣れたか?」

「ちょっとはね。でもやっぱり着物は動きづらいし分からないことだらけ」

「そうか……」



今日小夜ちゃんの手伝いをしてちょっとはここの暮らしに慣れてたかな、と思っている。

人間の順応能力って凄いんだと感じた。



でも同時に不安になる。



このまま元の世界のことを忘れちゃうんじゃないか?もう帰れないんじゃないか?


ふと手を止めたときなどにそんなことを考えてしまう。



今だって……



ぎゅっと手を握りしめるとそこに大きな手が被さってきた。

隣を見ると殿は目を閉じたまま。


「大丈夫だ」


そう強く言った。



どのことをさして言ったかは分からない。

でも私を励まそうとして言ったのだということは分かった。


ドキッとするような笑顔を浮かべたと思ったら子供みたいに私をからかって遊んだり。

本当によく分からない人だ。


でも置かれた手の温度は冷たいけど私にはそれがとても温かいと感じた。




「そういえばさ」


それから数十分。

殿は黙ったままただ手を握り締めてくれていた。


「貴方は殿って呼ばれてるってことはここの当主ってことなのよね?」

「ん? ああ」


ただ、ふと浮かんだ素朴な疑問だった。


「当主なのに何でみんな貴方の居場所を知らないの?小姓の民部君さえハッキリとは知らなかったし」



そう聞いた瞬間、彼の表情が曇った。



「気になるか?」

「う、うん……」


あれ、聞いちゃいけない事だったのかな……?


心配になって私はドキドキしながら彼を覗き込んむ。

すると殿は何処か悲しそう笑顔を浮かべた。


「私は所詮飾り物の当主でしかないからな……」

「飾り物……?」


秀も同じような事を言っていた気がする。


一体どういう意味なんだろう。

それに、何でこんなに悲しそうな顔をするの?

何だか彼は凄く大きな何かを抱えているように思えた。



黙ったまま見つめていると、殿はにやっと意地悪く笑った。



「まぁ、こうやって誰にも知られずにこうやって過ごすのも悪くない」


そう言って彼はグッと顔を近づけてきた。



ヤバイ、キスされる……。



そう本能的に感じた私はとっさに後ろへ下がろうとした。

が、



ガツンっっっ!!!



思いっきり後ろに倒れてしまい、木の根っこの所で頭を打った。



「いっつぅぅぅ」



あぁ、今ので数少ない私の脳細胞が死んでいく……



「大丈夫か?」


原因をつくった本人は呆れた顔で私を見ている。


誰のせいでっ!!



「な、何またキスしようとしてるのよ!」

「キス?」



もう! 何で通じないのよっ。



「口づけよ口づけ!」



うぅぅ、こんなこと男の人に言うなんて乙女にあるまじき行為だ。

もうお嫁に行けないかも……



真っ赤になりながら叫んだ私に、彼は「あぁ」と呟いた。


「何を焦っているのだ。口づけぐらい大したことではないだろう」

「は?」


私は殿を見たまま唖然とした。


大したことないって言ったの、今?

じゃあこの前私のファーストキスを奪ったのも“大したことない”ことだったの?



「どうしたというのだ」


私の頬に触れようとした彼の手を振り払う。


「何? じゃあ貴方は誰としたって大したことじゃないの?」



怒りが沸々と沸き上がってくる。

何だか分からないけどイライラする。



「何を言っている」



彼は眉を歪めて怪訝そうな顔をしている。



「こんなこと平気で誰にでも出来るのかって聞いてるの!!」

「そんなこと当たり前だろう? 皆そういうものではないのか」



彼との間に時代の壁を感じる。

やっぱりここの人と私は違うんだ。



「当たり前なわけないわ! 初めてのキスは好きな人としたかったのにっ」



ポロポロと涙が溢れてくる。



ずっと好きな人とキスをすることが夢だった。

例え秀とじゃなくてもちゃんと好きな人と……


なのにこんな訳の分からないところで最低の男としたなんて……



立ち上がり、驚いて私を見ている彼を睨み付けた。



「やっぱり 最低」



それだけ言って私は走ってこの場から離れた。






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