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桜の蕾《完結》  作者: アレン
1章
11/99

11.諱

「あ゛ームカつくムカつく!!」


あれから3日。

やっと動けるようになった私は今日から小夜ちゃんの仕事を手伝うことにした。

で、今は井戸の所で洗濯中。


「何だか荒れてますね。蕾様」


隣で小夜ちゃんが苦笑いしている。

まぁ無理もない。

さっきから私は何かの仇みたいに文句を言いながら洗濯をしているんだから。


「うん、ちょっとね……」


あの変態男に唇を奪われた後。

私は恥ずかしさと屈辱で全く寝れなかった。

おかげで次の日は寝不足で1日中頭が痛くて最悪だった。

そのせいか、私の中のあの男への怒りは日に日に倍増している。



考え込んでいると、小夜ちゃんが心配そうに覗き込んできた。


「やはりまだお休みになっていた方がいいのでは?」

「ううん、大丈夫だよ」


この会話はかれこれ10回目。


流石にこれ以上寝たままだと起きれなくなりそうだ。

実際に昨日少し部屋の中を歩いただけで今朝若干筋肉痛になっていた。


「何かありましたら言って下さいね。殿から蕾様のことを任されているのですから」

「う、うん」


また随分と過保護だなぁ。



「ん? てゆうか何で蕾?」


そういえばさっきから小夜ちゃんが私の事を蕾と呼んでいる気がする。

私の事を蕾なんて呼ぶのはあいつだけだと思ってたんだけど。


「殿が仰っていたので」



原因はあいつらしい。

人の名前勝手に変えないでよ!!



「別に桜でも構わないよ?」

「そ、そんな滅相もない!!」

「わわっ、小夜ちゃん水水!!」


小夜ちゃんが頭と一緒に手もブンブンと振ったので水しぶきがかかった。


そんなに拒否らなくてもいいのにな。


「す、すみません……」

「いいよいいよ。で、どうして駄目なの?」

「それが(いみな)だからです」


いみな

あいつも確かそんなこと言ってた気がする。


「ねぇ、いみなって何なの?」

「へ? あ、そういえば蕾様は記憶を無くされているんでしたね」

「そ、そうだね……」


私は(勝手に)記憶が無い、ということになっているらしい。

気軽に知らないことを聞けるようになって便利なんだけど、小夜ちゃんに泣きながら慰められたときは物凄く申し訳なくなった。



「諱というのは真名(まな)ともいって本名のことです」

「本名?」

「はい。諱は口にすることがはばかられると言われているので普段は(あざな)で呼び合うんです。諱を知っているのは家族か主君だけです」

「じゃあそのあざなはあだ名ってこと?」

「いえ、あだ名と字は違うものなんです」


ヤバイ、訳が分からなくなってきた。



ええっと、つまりまとめると。

私の名前は『桜』だけど、それは諱だから家族以外には言っちゃいけない。

名前を名乗るときは字の村上『蕾』と言わなくちゃいけない。

で、たぶんあいつが私を『ライ』と呼ぶのはあだ名。

と、いうことだろうか。



「えっと、じゃあ小夜ちゃんの『小夜』も字なの?」

「はい。諱は家族しか知りません」



この時代の名前は随分と複雑のようだ。


でも少しの間だけどここで生きる以上ここのルールは守らないと。



「わかった。蕾って呼ぶのは仕方ないことなのね」

「はい」


小夜ちゃんが微笑んだので私も同じように微笑む。



次にあいつに会ったときにちゃんと諱で呼んだこと謝らないとなぁ。



「何をしているのですか」


いきない後ろから女の人の声がした。


私たちはビクッと肩を震わせ、慌てて後ろを振り返る。

そこにいたのは20代半ばくらいのクールそうな女性だった。

私と同じ小袖を着ているはずなのに何故か色っぽく見える。


百合(ゆり)様……」

「まだこんなに残ってるじゃない。お喋りもいいけど、まず手を動かしなさい。まだまだ仕事は残っているんですからね」


そう言った百合さんは一瞬私の方を睨み、小夜ちゃんを見る。


「返事は?」

「す、すみません。すぐに仕上げます」


小夜ちゃんは慌てて頭を深々と下げた。

それを見た百合さんはふんと言って背を向け歩いて行った。



何よあの人。

あんな偉そうに言わなくてもいいじゃない。


私は百合さんの背中にベーと舌を出した。



「そういえば」


いきなり振り返った百合さんに、私は慌てて舌を戻して最大限の愛想笑いをした。


「な、なんでしょう」

「あなた蕾といったわね。殿のお気に入りだからっていい気にならないでよ」


そう言い放って百合さんは歩いて行ってしまった。




え?今のは一体なんだったの?

殿のお気に入り?

殿はあいつのことだよね。

じゃあお気に入りって私が?



はぁ?!



「さ、小夜ちゃんっ、今の人誰?!」



私と百合さんが喋っている間も黙々と洗濯を続けていた小夜ちゃんに尋ねる。

すると小夜ちゃんは手を止めて困ったような顔で私を見た。


「百合様といって、ここの奉公人を取り纏めている方です」

「ふぅん」


お局様みたいな人かな?


え?

じゃあ私さっきのやばかったんじゃない?


しかも百合さんがあいつの事を言ったときの目が完全に威嚇するような目だった。


ってことは百合さんはあいつのことが好きってこと?

じゃあさっき私潰しにかかられたってこと?!



「うわぁ、怖いわー」


どの時代も女は怖いらしい。



小さく呟くと、小夜ちゃんが「どうしたんですか」と少し首を傾げた。

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