#2:市場・グランドバザール(1)
2:市場
翌朝、イオはジズに連れられてバザールに出かけることになった。昨夜、イオが席をたったあとでアル・ガニーが二人で行ってくるようにとジズに言い渡したそうなのだ。
先を歩くジズの足取りは軽い。
「ねぇ、イオは何を見る?ボクはね、母上から首飾りを見てくるようにって頼まれてたんだ。あっ、もちろんその分のお金はちゃんと預かってるんだけどね」
「そう・・・」
この弟は無邪気で、その無邪気な明るさが時に残酷だ。
昨日到着したらしい隊商のせいか、市場はいつもに増して盛況な様子だ。
天幕をはり、ひしめきあう店々には、果物、野菜、肉にパン、絨毯に布、剣、ランプ、香辛料、めずらしい白い毛の猿や、美しい声で鳴く極彩色の鳥たち、精緻な細工が施された宝飾品が所狭しと並べられている。商人たちはこれでもかと声を張り上げ、お客たちの気をひいている。
飛び交う声に、あわただしく行き交う人、物、その目まぐるしいほどの盛況ぶりにイオは息をのむ。隣のジズも興奮した様子で、早くもあちこちの天幕に視線をめぐらせている。
「すごいな、ねえ、イオ。こっち見てみなよ」
確かに、市場は活気であふれていた。
はじめは気が乗らないイオだったが、バザールのにぎやかな様子に自然とひきつけられて、ジズの後についてきょろきょろと店をながめていく。
すると、ふとある店の片すみに置かれた、古い指輪がイオの目に入った。
「?」
「いらっしゃい、お嬢さん。ゆっくり見ていっとくれ」
店主に断りを入れ取り上げてみると、何の変哲もないただの指輪だ。
とりとめて目をひく宝飾なわけでもない。
けれど、イオはその指輪から、台座におさまった黒い石から目が離せなかった。
地金は古びた金細工で、何か文字でも彫られていたのか、かすかに模様が浮かんでいるもののはっきりと読み取ることはできない。
獣の爪のようなしつらえの台座に、がっちりとはめ込まれた黒い石。じっと見ていると、吸い込まれるような、深い、深い、黒だ。
よく見ると黒の奥に、ちかちかと紅い光彩が踊っている。まるで燠火のように、誘うように妖しく瞬く紅い光。
――――目眩がする。
ぞくりと言いしれぬ感覚に、イオは身を震わせた。