#1:灯りの魔女(3)
―――――望みなどあるものか。
じっと足下の影を睨み付け、少女は考える。
イオは今年で16になる。
知恵の館で学ぶ見習いたちの中でも二番目の古株になっていた。
10のころから、知恵の館で研鑽を積み、魔法の力を磨いてきたのに、もうずっと試練に合格することができないのだ。
二つ年下の弟はすでに、魔術師の証を得ているというのに。
「はぁ」
やりきれなさに、イオはため息をつく。
弟も、後から入ってきた見習いたちも、どんどんイオを追い越していく。それなのに、イオだけが魔術師見習いから卒業できずにいる。
――――また、一年。
そう思うと、なにやら両肩に重いものがのしかかる。
けれど他に道もない。イオにできることは、ただ魔法の力をつけ、試練を受け続けることしかないのだ。知識ではイオは彼らに負けていない。むしろ長年にわたり知恵の館のあらゆる書物を読み解いてきたのだ。ということは――――
(やっぱり、わたしの『魔法』のせい・・・なんだろうな)
沈んだ心で、イオは悄然と肩をおとす。
けれど与えられる魔法は生来のもの。どうすることもできはしない。となれば、この先もずっと、試練に合格することはないのだ。
焦げ付く日差しに暑さも相まって、イオは泣きたくなった。
世界が真っ暗になり、足下からずぶずぶと土に沈み込んでいくようだ。
重い体をひきずって、ただ堅く踏みしめられた道を行く。
やがて、道の先にひときわ大きな屋敷が見えてきた。いくつも立ち並ぶ建物に、豊かな緑があふれる中庭、そしてそれらを高い塀がとりかこんでいる。外門には訓練をうけた屈強な兵士の姿。
――――この都市を治める領主の館だ。
高い壁を見上げてイオは考える。
今頃あの中では、弟のジズが魔術師として、父と共に働いているのだろう。
領主のお抱え魔術師。それがイオの父、アル・ガニーの役職だった。
魔法の才能とそれ以上に人心の機微、俗な言い方をすれば権謀数術に恵まれたアル・ガニーは領主の信頼もあつい。その父の側で、ジズは魔術師として力をつけている。
そして、先ほど名を呼ばれた仲間も、明日からはあの館で働くのだ。
(・・・裏道を行こう)
なんともいたたまれない気分になり、領主の館を避けてしばらく歩いて行くと、青い丸屋根の屋敷にたどりついた。青い丸屋根は、魔術師の館の証だ。かたく閉じられた門には六芒星と流れるような魔術文字で魔除けの呪文が刻まれている。正しい言葉を知らない者の出入りを防ぐための、魔法だった。
『我、汝が敵にあらず、すべらからく開け』
ぼそぼそとイオが呪文を唱えると、ギギギと重い音をたてて独りでに門が開いていく。
開ききった門をくぐり、中庭へ進むと奥から使用人が駆け寄ってきた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。試練はいかがでしたか?あの、お嬢様?」
「・・・・」
イオの意気消沈した表情からすべてを読み取ったのだろう、少女の手から荷物を受け取ると、使用人は気まずい沈黙の中イオを自室まで先導する。そして、絨毯や道具をおさめ、飾り窓を開け、部屋を整えると、そそくさと持ち場に戻っていった。
人の気配が去ると、イオは、バタリと寝台に倒れこんだ。
(・・・つかれた)
何もかもが、嫌になり。ぎゅっと目を閉じる。
ちっぽけな自分が、ひどく情けなくて、悔しくて、苦しかった。