#1:灯りの魔女(2)
叡智と静寂、埃と過去が堆積した、神秘の館。
大きな丸天井を八本の柱が支える主棟を中心に、四方に翼棟が連なり、その先にはさらに4つの星見塔をかかえ持つ。壁一面には青を基調に鮮やかな装飾が施されたこの建物こそが、砂漠の王国のかたすみに位置するオアシス都市、ネイシャブール唯一の『知恵の館』。
そう呼称される、―――魔術師の学舎なのだった。
そして、部屋に居並ぶ彼らはみな魔術師の素質を見込まれ、この知恵の館で学ぶ魔術師見習いの少年たちなのだ。
おりしも、今日は年に一度の試練の日。
日頃から研鑽をつんできた魔法の成果を問い、魔術師に進むべき知識と技を磨いた者に、その結果が言いわたされる日だ。
(一年に、たった一度の、特別な日だったのだ)
呆然と立ち尽くしている少女に、気づいた老師が声をかける。
「イオ、残念じゃったな。お前さんの知識は悪くないが。なにぶん技がな」
「老師・・・」
言葉を濁しているが、言いたいことは身に染みてわかっている。他ならぬイオ自身が、痛感しているからだ。
「まぁ、まだ望みはある。次の試練までに力をつけなさい」
枯れ木の様な手が、ポンと肩をたたく。型どおりのはげましに、よりいっそう惨めな気持ちになったイオは、唇をかむと黙々と絨毯をまき、書物と道具を片付け、戸口にむかって歩き出した。
一歩、外にでてみれば、焼け付くような日差しが降り注ぐ。
あまりの眩しさにイオは顔をしかめた。
今日もうだるような暑さだ。
砂漠の世界で日中に出歩くなど考えたくもないが、これ以上知恵の館にいる気分ではない。喜び合う仲間たちを見ていることなど、できそうもなかった。
悲しいような、苦しいような、なんともみじめな気分だ。
はぁ、とため息をつくと、イオは肩をおとしてとぼとぼと家路についた。
知恵の館の外門をくぐれば、またたくまに街の喧噪が少女をとりかこむ。
砂漠をわたる乾いた風は熱く。風に乗って様々な匂い、音が運ばれてくる。
たっぷりと香辛料をつけて焼いた肉の刺激的な匂い、焼きたてのパンはほのかに甘く、礼拝所の香は心をくすぐる。ラクダ、馬、犬や猫の声。店のよびこみ、洗濯をする女たち、路地に遊ぶ子ども。
決して大きくはないが、枯れることない豊かな水源から水をひき、隊商の交易地としてひらかれた街、それがネイシャブールだった。
いつもとかわらぬ街並みを、イオは黙々と歩いていく。