第2章2節 衝突
問題は、
どちらが悪いかを決めた瞬間に、
余計にこじれていく。
同じ出来事を、
同じ問題として見ることができるか。
それだけで、
争わずに済むこともある。
ルーヴェン王国の王城、その中でもひときわ広い会議室。
長い机を挟み、双方の代表が向かい合っていた。
上座には、ルーヴェン国王。
その左右には、政務官、軍務官。
さらに、盗賊団の被害を受けた地域を治める領主が同席している。
そして――
その少し後ろに、俺は立っていた。
王子として、この場に同席すること自体が、初めてだった。
向かい側には、他国からの使節団。
男が三人、女が一人。
全員が、この会談において一定の決定権を与えられている代理人だ。
最初の挨拶が終わり、
本題に入るのに、時間はかからなかった。
「――貴国に所属すると見られる盗賊団が、
我がルーヴェン王国の国境付近で、
繰り返し略奪を行っている」
政務官が、淡々と事実を述べる。
「これについて、
すでに警告文書を送付しておりますが、
状況に変化は見られません」
使節団の一人が、すぐに応じた。
「その盗賊団が、
我が国の正式な組織でないことは、
すでにお伝えしているはずです」
「しかし、
拠点が貴国領内にあるという報告がある」
「それは“ある”という話であって、
確証ではない」
言葉は丁寧だが、
一つ一つが、少しずつ角を持っていた。
被害を受けた領主が、堪えきれずに声を上げる。
「確証がなければ、
何もできないと?」
「そうは申しておりません。
ただ、国として関与している事実はない、と」
「だが、我が国の民が被害を受けているのは事実だ!」
会議の空気が、重くなる。
誰も嘘は言っていない。
だが、だからこそ話は前に進まない。
責任の所在。
補償の有無。
国境を越えた軍事行動の是非。
話題は、少しずつずれていった。
――このままでは、
互いに譲れず、
感情だけが残る。
そう感じた時だった。
「……失礼ながら」
俺の声で、室内が静まった。
全員の視線が、こちらに集まる。
国王が、何も言わずに、軽く頷いた。
発言を許されたという合図だ。
「一つ、確認させてください」
使節団の代表格と思しき男が、慎重に答える。
「……どうぞ、王子殿下」
俺は、相手を見て、言った。
「その盗賊団は、
貴国の意向を受けて、
行動している存在でしょうか」
男は、わずかに眉を動かした。
「……いいえ」
「では、
貴国としても、
完全に制御できていない存在、
という理解でよろしいでしょうか」
少しの沈黙。
「……その通りです」
その答えを聞いて、
俺は、今度はルーヴェン側を見た。
「我が国としても、
現時点では、
単独で根絶できる状況ではありません」
政務官が、静かに認める。
「……そうだな」
ここで、俺は続けた。
「つまり――
この盗賊団は、
どちらか一方の国の問題ではなく」
「両国が、
同時に被害を受けている存在、
ということになります」
誰かが、息を呑む音がした。
「責任の所在を巡って争っても、
盗賊団は何も変わりません」
「むしろ、
互いの警戒が強まることで、
動きやすくなるだけです」
使節団の女が、口を開いた。
「……殿下は、
我々に協力しろと?」
「いいえ」
俺は首を振る。
「少なくとも、
敵対する必要はない、
という話です」
「情報を共有する。
動きがあれば、互いに知らせる」
「どちらかが独断で手を出さない。
それだけで、
小さな衝突は避けられます」
会議室に、静かな時間が流れた。
反論は、すぐには出なかった。
やがて、使節団の代表が、ゆっくりと口を開く。
「……確かに、
我々も同様の被害を受けています」
「互いに疑っている間に、
盗賊団だけが得をしている」
ルーヴェン側の政務官も、頷いた。
「少なくとも、
現状のままよりは、
建設的だな」
国王が、静かに言った。
「では、
本件については――」
「両国間での情報共有。
および、
無用な衝突を避けるための協定を結ぶ」
「それを、
本日の結論としよう」
完全な解決ではない。
だが、方向は定まった。
会議が終わり、
人が少しずつ退室していく中、
使節団の男が、俺に向かって一礼した。
「……王子殿下。
見事なお考えです」
俺は、軽く頭を下げただけだった。
自室へ戻る廊下で、
ふと、思う。
(結局、
追い払うだけじゃ、
終わらない)
(でも、
争わずに済む道はある)
影が、足元で静かに伸びていた。
今日も、
何も起きていない。
それでも――
一つだけ、確かに変わった。
同じ問題を、
同じ問題として見る人間が、
増えた。
それだけで、
今は十分だった。
2節をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、王子エリオが初めて公の場で発言し、
完全な解決ではなく、
「同じ認識を共有する」という形で
物事を前に進める章でした。
盗賊団の問題は、この節では終わっていません。
ですが、責任を押し付け合う状況から、
協力や情報共有という方向へ
視点が切り替わっています。
王子という立場だからこそできること、
そして、まだできないこと。
その両方が見え始めた回になっていれば幸いです。
引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。




