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第1章7節 輪郭

題は、

大きな音を立てて現れるとは限らない。


それはたいてい、

昔からあったものとして扱われ、

気づかれないまま、そこにある。


見ないことと、

何も起きていないことは、

同じではない。

結界の外周は、相変わらず静かだった。


警備の兵はいるが、緊張はない。

何十年も、何も起きていない場所だ。


「殿下、こちらです」


案内の兵士の声も、どこか気楽だった。


「……最近、変わったことは?」


俺が聞くと、兵士は首を傾げる。


「変わったこと、ですか」


少し考えてから、結界の足元を指さした。


「たまに、

 結界の内側で、

 見覚えのない小さな生き物が見つかります」


「危険なものか?」


「いえ。

 噛みつきもしませんし、

 逃げるだけのものです」


「それはどうした?」


「外に逃がしました」


兵士は当然のように言った。


「昔から、

 そういうことはありますから」


昔から。


俺は、それ以上、何も聞かなかった。



兵士が離れたあと、

俺は結界の近くに立った。


何も見えない。

何も触れない。


けれど、

“ここから先に行けない”という感覚だけは、

確かにあった。


「……聞いているな」


影に向かって声を落とす。


『はい、主』


「さっきの話、

 どう思う」


一拍。


『入った、とは言いにくいかと存じます』


「だろうな」


『あの守りは、

 外から来るものを遠ざけるためのものです』


「内側には?」


影が、わずかに揺れた。


『……最初から内側にあったものまでは、

 想定しておりません』


俺は、足元を見つめた。


小さな生き物。

害はない。

だから誰も気にしない。


「入れないはずなのに、

 中にいる」


『はい』


それだけで、十分だった。



王城へ戻る道すがら、

これまでの出来事が、

静かに繋がっていく。


賢者は、

魔を退けたと語られている。


だが、行われていたのは――

近づけないこと。

入れないこと。


終わらせることではない。


だから、

小さなものが残る。


誰も困らないもの。

すぐに追い出せるもの。


そして、

ずっと放っておかれるもの。


「……ああ」


声には出さなかった。


問題は、

起きていなかったわけじゃない。


起きていると、

思われていなかっただけだ。



自室に戻り、机に向かう。


紙を一枚、取り出す。


結論は書かない。

判断もしない。


ただ、

見えたままを書く。


・入れない守り

・壊すものではない

・内側に残るものがある


それだけ。


誰に見せるでもない。

今すぐ役に立つわけでもない。


それでも――

俺は、ペンを置いた。


何もしないままでいるよりは、

これでいい。

第7節をお読みいただき、ありがとうございます。


この節では、大きな事件も、派手な結論も描いていません。

ただ、これまで積み重ねてきた違和感が、

一つの形として見えてくる瞬間を描きました。


世界は、すぐには変わりません。

平和も、日常も、そのまま続いています。


それでも、

「気づいてしまったあとに、どうするか」

という問いだけが残ります。


この章が、

読み終えたあとも少しだけ頭に残るものであれば、

嬉しく思います。

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