表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第1章6節 穴

「守っている」

そう信じているものほど、

どこかに穴がある。


穴が小さいほど、

気づいた時には遅い。

講師が来る日は、部屋の空気が少しだけ変わる。


余計な人間は入れない。

机には紙とペン。

俺のためだけの授業が始まる。


今日の題は、王国を囲む魔術――国の“守り”だった。


「前回は、近づけない魔術についてお話ししましたね」


年配の魔術師は、机に簡単な図を描いた。

丸い線。その内側が国。外側が外。


「この魔術がある限り、外から来る脅威は入りにくい。

 だからこの国は長く平和でいられた」


「……入りにくい、ですか」


俺が言うと、講師は小さくうなずいた。


「ええ。入りにくい。

 ですが――“すべて”を防ぐわけではありません」


その言い方が気になって、俺は視線を上げた。


「防げないものがあるんですか」


講師の手が止まる。

少しだけ言いにくそうに、口を開いた。


「……あります」


「それは、何です?」


「ここは“そういうものだ”と教わる部分でして。

 詳しくは……」


「詳しくは?」


「古い記録が少ないのです。

 言い伝えのような形で残っています」


俺は、机の図を見た。


「つまり、誰も説明できない?」


講師は言葉を選び、ゆっくりとうなずいた。


「“説明する必要がない”とされてきました」


その瞬間、胸の奥が冷える。


必要がない、じゃない。

必要があるから、残っている。


「……その防げないものは、外から来るんですか」


講師は一拍置いて答えた。


「基本は外からです。

 ですが、古い言い伝えには、別の言い方もあります」


「別の言い方?」


「“外から来るものではない”――と」


俺は、息を止めた。


外から来るものではない。

なら、それは最初から――。


「その話は、どこにあります」


講師は困ったように眉を寄せた。


「本来、王子殿下には不要な知識かと……」


「知りたい」


講師は、俺の目を見て、負けたように小さく息を吐いた。


「……書物庫の古い棚です。

 ただし、見つからないかもしれません」


「十分です」


授業はそのまま終わった。

講師は礼をして部屋を出る。


扉が閉まった瞬間、室内は静けさだけになった。


俺は、影に目を向ける。


「……聞いていたな」


『はい、主』


声はいつも通り丁寧だった。

だが、今日は少しだけ、気配が濃い。


「“防げないもの”って話、どう思う」


『あの国の守りは、外から来るものを遠ざけるためのものです』


「外から来るもの、だけ」


『はい』


俺は、手のひらに丸を描き縁を指でなぞった。


「じゃあ、外から来ないものは」


影が、わずかに揺れた。


『……遠ざけにくい場合がございます』


「場合?」


『はい。

 最初から、境目の向こうにいるものは……少し違います』


俺は短く息を吐いた。


「やっぱり、そういう穴があるのか」


『はい、主』


それ以上は聞かなかった。

聞けば聞くほど、答えが固まってしまう気がしたからだ。



翌日。

俺は一人で書物庫へ向かった。


誰かに見られないように、時間を選ぶ。

少し奥まった棚を探す。

古い本が、ほこりを被って並んでいる。


難しい記述を探す必要はなかった。

必要なのは、言い方だ。


「防げない」

「入れないはずなのに入った」

「外から来たのではない」


そういう短い言葉。


数冊をめくるうちに、似たような記録が何度か出てきた。


・国の外から来たとは言い切れない

・誰も侵入を見ていない

・気づいた時には、内側にいた


文章はぼんやりしている。

だが、共通点ははっきりしている。


外から押し込まれた形跡がない。


――なら、最初からそこにいた。

そう考える方が自然だった。


俺は本を閉じ、しばらく動けなくなった。


この国の“守り”は、

外を拒むことはできても、

内側の問題を消すものではない。


ただ、入れないだけ。

ただ、近づけないだけ。


そして、もし“内側”に何かが残っているなら、

それはずっと――ここにある。



帰り際、別の棚に目が止まった。


近隣諸国の軍事と魔術。

国ごとの備えをまとめた本。


俺は興味本位でめくる。


北のヴァルグレン帝国は、力で押し切る。

東のアルシェルト魔導連邦は、魔術を武器として磨く。

南のセレス平原国は、交易のために守りを厚くする。


そこに書かれていた“守り方”は、ルーヴェン王国と少し違った。


他国の記述には、こういう言い方がある。


・消す

・壊す

・封じる


当たり前のように書かれている。


だが、ルーヴェン王国の項目は違う。


・入れない

・近づけない

・越えられない


その違いが、急に輪郭を持った。


この国は、

終わらせるための作りじゃない。


外へ押し返す。

見えない場所へ押しやる。


それだけを続けて、平和を保ってきた。


俺は、そっと本を閉じた。


自室に戻り、影へ向けて小さく言う。


「……他の国は、終わらせようとしてる」


『はい、主』


「でも、この国は違う」


『はい』


「ずっと、同じやり方を続けている」


影が静かに揺れる。


『はい、主。

 この国は……追い返すことが得意でございます』


追い返す。


その言葉が、頭の奥に残った。


日常は変わらない。

王城は穏やかで、誰も困っていない。


けれど、俺だけは知ってしまった。


この国の平和は、

“何かを終わらせた平和”じゃない。


追い返し続けた平和だ。


そして――

防げないものがある。


それが小さくても、

それが今すぐ牙をむかなくても。


穴は穴のまま、残っている。

第6節をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、授業の中の「例外」から始まり、

書物の記録と他国のやり方を通して、

ルーヴェン王国の“守り方”が少し違うことに触れました。


大きな事件は起きていません。

でも、気づいたものは戻れません。


次節では、この「穴」が、

もっと分かりやすい形で顔を出します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ