第1章5節 矛盾
言い方が違えば、
意味も違ってくる。
追い払ったのか。
それとも、
ただ入れなかっただけなのか。
同じ出来事でも、
見え方は変わる。
王城の一室に、今日の講師が招かれていた。
王国でも指折りの魔術師。
年配で、口調は穏やかだが、知識には一切の迷いがない。
講義は、いつも通り一対一。
余計な飾りはない。
「本日は、
ルーヴェン王国を守る魔術についてお話しします」
机の上に、簡単な図が描かれる。
丸で囲まれた領域。
「賢者ルーヴェンが残した魔術は、
この国の土台そのものです」
「敵を退け、
再び侵入させないための魔術ですね?」
俺の問いに、講師はうなずいた。
「その通りです。
この国は、建国以来、
大きな魔の侵攻を受けていません」
「その魔術は、
敵を倒すものですか?」
講師は、少し考えてから答えた。
「……倒す、というよりは、
近づけない、が正しいでしょう」
俺は、机の図を見る。
「消しているわけでは?」
「消してはいません」
「壊しているわけでも?」
「壊してもいません」
「……追い返している?」
「戻らせている、
という表現が近いですね」
その瞬間、胸の奥で、何かがずれた。
「戻らせる、ですか」
「ええ。
境目より内側に、
入らせないだけです」
講師は淡々と説明を続ける。
「だからこそ、
長い年月、安定して保たれているのです」
「……もし、
外にいるものが、
いなくなったら?」
講師は、少し驚いたような顔をした。
「その仮定は、
ルーヴェン王国を守る魔術では扱いません」
「そうですか」
俺は、それ以上追及しなかった。
授業が終わり、
講師が部屋を出ていく。
静かになった室内で、
俺は、影に視線を落とした。
「……聞いていたな」
『はい、主』
声は、丁寧で、迷いがない。
「今の話、
どう思う」
少しの間。
『あの魔術は……
我らを、遠ざけるものです』
「消すものじゃない?」
『はい』
「終わらせるものでも?」
『……いいえ』
「なら」
俺は、静かに言った。
「追い払った、
って話は……」
影が、わずかに揺れる。
『人の側の、言い方でございます』
俺は、目を閉じた。
……やっぱり、そうか。
あの賢者は、
何かを終わらせたわけじゃない。
ただ、
見えなくしただけだ。
俺は、影に向かって言う。
「余計なことは、
今はしなくていい」
『御意』
日常は、変わらない。
城は平和で、
人々は穏やかで、
誰も疑っていない。
ただ、
俺だけが知ってしまった。
この国の平和は、
追い払った先の世界が、
今も続いているからこそ成り立っている。
そういう形のものだと。
第5節をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、授業という何気ない場面から、
世界の説明に少しだけズレがあることを描きました。
何かが起きたわけではありません。
日常も、平和も、何一つ変わっていません。
ただ、
一度気づいてしまうと、
もう同じようには見えなくなる――
そんな節になっていれば嬉しいです。
次節では、
この「ズレ」が、別の形で顔を出します。




