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第1章4節 影の中の悪魔

真実は、いつも大きな声で語られるとは限らない。


むしろそれは、

影の中で、

誰にも聞かれない形で残される。


問いを持った瞬間から、

歴史は、ただの物語になる。


翌日からの日常は、何も変わらなかった。


朝は侍女に起こされ、

昼は学問を学び、

夜は書を読む。


父は国務に追われ、

母は変わらぬ微笑を浮かべている。


ルーヴェン王国は、平和だった。


だが――

俺の視点だけが、変わってしまった。


歴史書の一文。

禁忌の一覧。

結界に関する魔術理論。


それらを繋げると、

一つの仮説が浮かび上がる。


賢者は、

魔を退けたのではない。


管理したのではないか。


完全な勝利ではなく、

恒久的な解決でもなく。


ただ、

「表から見えない場所」に押しやった。


……それって。


俺が、影に悪魔を隠したのと、

何が違う?


その問いが、

胸の奥で、静かに根を張った。


今は、まだ答えはいらない。


だがいつか――

賢者の選択と、

自分の選択を、

比べる日が来る。


そんな予感だけが、

消えずに残っていた。

書物庫で読んだ建国神話は、

思っていた以上に、俺の中に残っていた。


賢者ルーヴェン。

魔の軍勢を退け、恒久平和を築いた英雄。


文章としては整っている。

語られる内容も、一貫している。


それでも、だ。


「……おかしい」


理由ははっきりしない。

ただ、違和感だけが、消えなかった。


完全に退けたのなら、

なぜ魔族召喚の術式が、あれほど正確に残っている?


俺は自室に戻り、扉を閉める。

人払いの魔術を軽くかけ、静寂を作った。


「……出てこなくていい」


影に向かって、声を落とす。


「そこにいろ」


一瞬、空気が重くなる。


『御意、主』


頭の内側に、低い声が響いた。


俺は机の上に置いた本を指で叩く。


「賢者ルーヴェン。

 この名に、覚えはあるか」


返答は、すぐには返ってこなかった。


沈黙。

それは、肯定よりも雄弁だった。


『……僅かに』


「どの程度だ」


『四百年ほど前……

 我らが“外縁”へと押し留められた頃の記憶です』


外縁。

書物に記されていた表現と、同じ言葉。


俺は、続きを促さない。

待つ。


『……退けられた、というのは……

 人の側の解釈です』


「滅ぼされたわけではない、と」


『......はい』


影が、わずかに揺れる。


『あの賢者は、我らを消してはいません』


予想通りだった。

それでも、胸の奥が静かに沈む。


「戦ったんじゃない?」


『戦いはあった。

 だが、それが本質ではありません』


「なら、何だ」


一拍、間があった。


『……交渉に、近いようなものかと』


その一言で、

建国神話の輪郭が、音もなく歪んだ。


『賢者は理解していました。

 我らを完全に排除することは、不可能だと』


『だから、切り離された』


『世界の表から、裏へ』

『人の歴史から、影へ』


俺は、静かに息を吐いた。


「結界か」


『似ています』


「封印?」


『完全ではありません』


『あれは……隔離でした』


声に、怒りはなかった。

恨みも、悲嘆もない。


ただ、事実だけがあった。


『賢者は、世界を救った英雄です』


『同時に……

 我らを、忘れ去ることを選んだ者でもあります』


俺は、それ以上、何も聞かなかった。


聞けば、

世界が、元に戻らなくなる気がしたからだ。


「……もういい」


『御意』


影は、それ以上語らず、沈黙した。

第4節をお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、世界の真実を“知る”ことよりも、

「疑ってしまった後の日常」を描きました。


何も変わらない平和の中で、

ただ一人だけ視点が変わってしまう――

その感覚を楽しんでいただけたら嬉しいです。


次節では、

この疑念が、別の形で再び顔を出します。

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