01土いじりと馬鹿にされて許さないと決めた
カベルネ侯爵家の美しいお嬢様、テーラにとってぶどう畑はかけがえのない場所だ。太陽を浴びるぶどう、土の匂い、風に揺れる葉の音。すべてが宝物。
実はテーラは遠い世界からやってきた転生者だった。ソムリエとしてワインを愛したのは両親がぶどう農園を営んでいたからその流れで。
だから、ぶどうにも深い愛情を注ぐとぶどう博士なんて言って周りから随分と可愛がられた。
異世界では幼い頃からの婚約者、アシェル王太子と生まれる前からの関係らしい。彼はきらびやかな宮殿の生活を好み、ぶどう畑には見向きもしない。
「テーラ、いつまでそんな土まみれなんだ。ぶどうなんて、大したものではないだろう」
アシェルの冷たい言葉がテーラの胸に刺さる。
前の世界でワインが喜びを与えていたことを知るテーラの作る異世界のぶどうだって、素晴らしいワインになるはず、なのに。なのにアシェルにはそれがわからない。
テーラはゆっくりと顔を上げた。いつもは穏やかな瞳に強い気持ちが浮かぶ。
「アシェル様、ぶどうはただの食べ物ではないんです。この土から命と希望が生まれる。祖先が何百年も守り、未来へ繋ぐ、誇り高き命の証です」
アシェルの冷たい視線。それでも、テーラの言葉にはこれまで押し殺してきた怒りとぶどうへの深い愛がこもる。
「アシェル様はこのぶどうが持つ力も土地の恵みも、何もご存じないのです」
悲しみと怒りが胸に広がる。大好きなぶどうを大切に思う自分の気持ちを少しも理解してくれないと心の中で苛立ち紛れにつぶやく。
わからせてみせる。ぶどうがどれほど素晴らしいものなのか。
ぶどう畑を吹き抜ける風がテーラの髪を優しくなでた。婚約者に理解されなくとも、彼女には愛するぶどうとそれを育てる強い思いがあるとそう思っていたのに、どうやらダメだったらしい。
ムカッときた。また侮辱されたのだ。ぶどうなんていい加減にやめろと。
ぶわりと頭に血が上る。はぁ?
自分に向かってよくも、なんてなどということを言ったものだ。目を吊り上げた。
「いいか?やめるんだ。いいな?」
さらに土臭いなどという。あ、そう。一気に冷めた。それなら、もういいや。
「私に向かって、最後に言うことがそれでよろしいですか?」
今までにないような冷たい声に相手は目をみるみると開ける。あまりの言葉に絶句したらしいけどもはや、どうでもいい。
「なにをっ。君は王妃になる女だ」
「それが?」
「王室の利になることをしろと言っているだけだ。間違っているのは君だぞ」
「私は国のためを考えて育てているんですけれど?」
バカにしているのかこの男。
「はぁ。ただの、ぶどうが何をよくすると?君がやったところで精々ぶどうの農産先が増えるだけだろう」
だから、ワインにするためにやってると、何度も何度も何度も何度も説明したのに。
この世界にはまだワインがないから、うまくいけばこの国はワインを精製している国として世界一有名になれるというのに。
それにこっちはプロ。昔のやり方だって、頭にしっかりあるからこそ失敗や試行錯誤だって最低限で利益なぞ、普通に作ることを考えれば開発費も含めてお金もかからない。
将来必ず混乱するほど莫大になる。小さな国のワイン国なんて言われる日が来るというのに?
それなのに利にならないという決めつけ、変人扱いをされて、目をキッと吊り上げる。もう嫌だ。
「王太子殿下。あなたとの婚約を考えさせていただきます。どうやらあなたにとって私は落第王妃候補らしいので」
冷えた瞳を男に向け、笑みを携えると彼は「なっ」とワナワナ震えた。自分はこんな風に言われるなど予想もしていなかったろう。
人を軽く扱うからだし、女性を下に見ているというわけではなさそうだがテーラを舐めているのはわかる。仮に舐めていなかったとしても否定は拒否、拒否は人格否定。
人格否定は未来の歩みが見えなくなる。こんな人と結婚して、幸せになれる気がしない。
ぶどうの名にかけて、許さん。
敵と認定したので結婚する気も失せ、このまま結婚するからと安心していたから、メタメタに言えたのかもしれない。この世界の令嬢ならば、教育程度で操れたかもしれないが自分はそうなるものか。
「そんなこと、許されるわけがないだろう!」
耳がキーンとなる。うるさい男だ。
「怒鳴れば言うことを聞くとでも?野蛮ですこと」
冷ややかな、これまでにない冷徹な目を見たからかごくりと息を飲む音が。
「なっ。そ、そんなつもりはない。すまない。だが、婚約をなくしたいと言われたら誰だって叫びたくもなるだろ?」
焦った様子で言われてきょとんとなる。ならないけど?
やはり野蛮だ。現代とは違うから仕方ない。こっちでいうと倫理的にかなり昔、そうだなぁ。多分、江戸とかになるのかな?
もっと前の倫理観になるかもしれない。ということはテーラは猿と婚約をしていることになるし、おまけに言うと教育レベルは王族とはいえ中学生もないかもしれない。うっわぁ。
(私って、小学生のレベルの人と婚約してたのかな)
今までぶどうのことで頭がいっぱいだったから、余計に考えていなかった。幼稚園児に匹敵する知能なのかも。無駄に体が大きいし、最悪だとテーラは自分を憐れむ。勿論、皮肉である。
「おい、聞いているのか?」
「聞いているわけがないですが?私の話などまともに聞きもしない人の話を聞くわけもないですよ」
呆れた仕草でため息を吐く。
「え」
その態度は言われた意味がわからないという顔。王太子という地位だから、人から嫌悪の顔で見られる経験が皆無なのだろうし、きっと耐性はない。
自分としては精神が上だから我慢できるし、お世辞もおべっかも完璧にできる。他の世界から来た人間として教育の高度さを考えると余裕だ。
しかし、ぶどうを何度も拒否、注意され続けられたとなれば別。この人はこちらのやることを一切考慮しない上に、説明しても中身を吟味すらせず。




