― 少女を囲う幻想と、国際人権基準のあいだで ― (´・(〇〇)・`) ブヒ
ラノベ界には、なぜか絶滅しないテンプレートがある。
「気づいたら家に少女がいた」「奴隷少女を買ったら、なぜか惚れられた」。
……いや、それ現実でやったら警察案件だよ?と思うが、この手の話はいまだに人気だ。
“保護”とか“救済”とか言葉は立派でも、やってることはだいたい“囲い込み”と“支配”。
そして、国際社会から見れば、これはもう完全にレッドカードであろう……(´・ω・`)
〇国際社会が定める最低限の尊厳
・児童の権利条約(1989) 第34条は、児童を性的搾取や虐待から守ることを求める。
「未成年の少女を囲う」構造は、この条約が守ろうとする尊厳そのものに反する。
・奴隷条約(1926) および 人身取引議定書(2000) は、
人を所有物とみなす行為を全面的に否定している。
たとえフィクションであっても、「奴隷を買う」「忠誠を誓わせる」設定は、この原則を損なう危うさを孕む。
・女性差別撤廃条約(1979) 第5条は、男女の固定的役割観を改めるよう各国に求める。
“主人と従者”の関係を理想化し続ける物語は、この条文の精神に背を向けてしまう。
歴史的に見て、世界の女性たちは日本とは違い、自由と尊厳を得るために多くの血を流してきた。
例えば、参政権を求めて投獄されたイギリスのサフラジェット等。
欧米では「女性の権利」や「人権」という言葉に、日本よりずっと血の記憶がこもっているんだと思う。
ただしかし、創作の自由は、誰にも奪えないものだ ( ˘ω˘ )
けれど、世界の定める自由は“好き放題”とは違う。
「俺の空想なんだから文句言うな!」――うん、それは中学や高校ノートの中なら無敵だ。
でも、物語として、世界から読めるWEB上に出す以上、そこには“見られる責任”が生まれるのではないか。
他人の尊厳をネタにしても自由。
だけど、「世界基準ではそれ、人権違反かもよ~?」って話である。
ラノベの良さは「夢」を描けることだ。
けれど、他人の尊厳を踏み台にした夢は、ただの自己満足の塊だ。
これからは、「支配ではなく共感」「所有ではなく尊重」を描かなければならない時代であろう ( ˘ω˘ )
……まあ、“尊重系ハーレム”とか言うとなんか優等生っぽいけどwww
でもそれくらいでちょうどいい時代なのかもしれない ( ˘ω˘ )
私たちはよく、海外の人権問題を批判する。
けれど――
世界の問題を正す前に、自分たちの物語の中にある無自覚を見つめ直すべきではないか。
「気づいたら家に少女がいた」「奴隷少女を買ったら、なぜか惚れられた」。
それが“読者が得られる”としても、これからの商圏として目指す、欧米各国の全年齢層へ適当かどうかは別の話だ。
……世界基準で見れば、これらはもう“R18指定”とすべき領域であろうね (;^_^A
著者自身、奴隷少女を描いた過去もある。
それらの作品に対し、物語としての魅力がないなんて思わない。
だが最近、海外の基準を知るに従い、これでは駄目なんじゃないかと思うようになったのである (´・ω・`)




