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7 再演算前夜

昼と夜の境界が曖昧だった。

 街全体が、静かなノイズに包まれている。

 空気の粒がゆっくりと光り、祈りの断片が空を漂っていた。


 人々は気づかない。

 再演算の前触れは、祈りと同じリズムで訪れるから。


 セオは、修道区の高台に立っていた。

 リリィは隣にいた――白い修道服の裾が、風に揺れている。


「今夜だよ」

「……再演算が?」

「ええ。四時ちょうどに、世界が“整えられる”。

 時間が、音を立てて重なるの。」


 リリィの声は、どこか遠くの誰かに語りかけているようだった。

 まるで既に、彼女がこの世界の一部ではないかのように。


「どうすれば、君を助けられる?」


 セオの問いに、リリィは首を振った。


「助ける? 違うの、セオ。

 わたしは“装置”なの。助けるべき存在じゃない。

 ただ、ちゃんと見届けて。

 あなたがこの世界を記録する“観測者”なら。」


「……観測者?」


「そう。

 あなたの名前、“SE0”。

 それは、システムがあなたに与えた識別番号。

 本来なら削除されていたはずの“誤差”よ。」


 そのとき、空が震えた。

 雲が裂け、祈りの光が降り注ぐ。

 街の人々が一斉に立ち止まり、同じ言葉を口にした。


「アーメン・シークエンス、起動。」


 その祈りは、風を震わせ、地面を振動させた。

 すべての音が同じ位相で重なる。

 リリィの身体が淡く光り始める。


「ほら、始まるわ。

 わたしの中に、“世界”が流れ込んでくる。」


 彼女の声が、徐々に重なり始めた。

 一人の声が、百の声に、千の声に変わっていく。

 セオの視界が歪む。


 リリィの背後に、巨大な円環――演算陣が展開された。

 祈りの文様が空を覆い、都市全体が黄金色に包まれる。


[再演算プロトコル 042 起動]

[安定者:L-ELNA/同期率 99.7%]

[観測者 SE0 検出/未承認アクセス]


 セオの足元に、見覚えのある影が現れる。

 “あの影”――もう一人の自分が、こちらを見ていた。


「また会ったな。」

「……お前は、俺の――」

「観測される側の俺だ。」


 影が微笑む。

 空の演算陣が、青白く明滅した。


「リリィを救いたいなら、外へ出ろ。

 この再演算が完了した瞬間、

 “外”の道が、一瞬だけ開く。」


「外……?」


「そう。ルオスの“外側”。

 神々が観測できない、真の地平。」


 リリィが叫んだ。


「セオ! 早く――!」


 光が爆ぜる。

 世界が反転する。

 セオは影の手を掴み、裂けた光の中へ飛び込んだ。


[再演算完了報告]

[安定率:100.0%]

[安定者 L-ELNA 状態:消失]

[観測者 SE0:行方不明/観測外領域へ転送]


 翌朝。

 世界はいつも通りの朝を迎えた。

 誰もリリィのことを覚えていなかった。


 ただひとつ――修道区の壁の片隅に、

 “青い瞳の天使の絵”だけが残されていた。

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