33 ルオス・リビルド
白い光が、世界を満たしていた。
柔らかな風。鳥の鳴き声。遠くで聞こえる水音。
セオは、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは……地上、か?」
土の匂い。湿った空気。
感覚がひとつずつ戻ってくる。
だが、どこか“馴染みのある違和感”があった。
彼の記憶には、旧ルオスの断片がまだ焼き付いていた。
しかし、目の前に広がるこの世界は――まったく別物だった。
見渡す限り、都市も建物もなかった。
代わりに、巨大な樹木群と光る大地が続いていた。
草は発光し、空は淡い灰色。
空気の中に、わずかに金属の匂いが混じっている。
「……自然じゃない。けど、人工物でもない。」
セオは地面に手をつく。
土ではなく、微細な光子結晶――
情報と物質が融合した“再構成層”だった。
つまり、この世界は――祈りの記録から創られた現実。
祈祷網を再定義したときの、彼とレイアの共鳴が“核”になっている。
「……レイア。お前の祈りが、この世界の始まりか。」
セオは歩き続け、やがて“人の痕跡”を見つけた。
崩れた祈祷塔の中に、古い通信端末がひとつ。
電力は落ちていたが、微弱なデータが残っていた。
『――こちら、評議会残存機構。再生コード第七層、作動中。』
『創世記録:セオ・ノア=ヴェルン、識別一致。』
機械が淡く光る。
セオの前に、ホログラムが投影された。
そこには、評議会の代表――ディラン博士の姿があった。
『……セオ。ようやく、再構築が完了したようだな。』
「ディラン……お前、生きてたのか?」
『記録として、な。今の私は“創世神”の一部だ。』
ディランの声は落ち着いていた。
彼もまた、祈りの記録の中で意識を保っていた。
『この世界は、君とレイアが再定義した“祈り”によって形成された。
神を持たないが、人の想念によって動く――半物質層世界、ルオス。』
「……つまり、人の想いそのものが、現実の構造になってる。」
『そうだ。だから、祈りの形が変われば、世界も変わる。』
ディランのホログラムが、セオの身体を見つめる。
『君の存在も、祈りによって再構成された。
情報のコピーではなく、“意識が選んだ形”。』
セオは自分の手を見た。
血が流れ、体温があった。
それは確かに“生きた人間の身体”だった。
「……戻れたのか、俺は。」
『いや、違う。君は“戻った”のではなく、“選ばれた”。
この世界が最初に創った“人間”が、君だ。』
セオの胸がざわめく。
彼自身が、世界の基礎データとして組み込まれていた。
つまり――彼が存在する限り、この新しいルオスは維持される。
夜。
セオは光る丘の上に立っていた。
空には、淡く揺らめく“記録の星”がいくつも浮かんでいた。
そのひとつが、彼に呼びかけた。
『……セオ。聞こえる?』
レイアの声だった。
だが、姿はなかった。
「レイア……お前は、どこにいる?」
『私は、世界の中。
今のルオスの“意識層”に組み込まれてる。』
「……つまり、お前がこの世界を見てるのか。」
『ええ。あなたが“生きる”ことで、私は“見る”ことができる。
二人で、ルオスを“再構築”していくの。』
セオは空を見上げ、微笑んだ。
「……いいだろう。今度は、神じゃなく――人として創ろう。」
風が吹く。
星々が軌道を変え、夜が明けていく。
新しい世界――ルオス・リビルドが、正式に動き出した。