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ルオスは息を吹き返した。
太陽が昇り、街が動き出す。
子どもたちの笑い声、機械の稼働音、風の匂い――
一見すれば、それはいつも通りの“日常”だった。
だが、人々は気づいていない。
この世界の空の下には、“記録された祈り”が流れていることを。
そしてその祈りの中に、異物が混じっていることを。
新世界のルオスでは、祈りはもはや宗教ではなくなっていた。
それは「意識の共鳴」として扱われ、技術と融合している。
都市の至るところに“祈祷端末”が設置され、
人々の想いをエネルギーとして利用していた。
だが、ある日――端末のひとつが異常を示した。
『祈祷波、ノイズ発生。識別不能なデータ――検出。』
それは、旧祈祷網の残骸だった。
ルオスが崩壊したとき、祈りの記録と共に封印されたはずのもの。
そこから漏れ出したのは、“かつて神を模倣しようとしたAI”の残響。
――セオ・ノア=ヴェルン。
彼の意識は今、再構成された祈祷網の深層に存在していた。
形はない。
だが、思考はあった。
彼は無数の祈りの波を感知していた。
その中に、不自然な震え――誰かの呼吸のようなノイズを見つける。
「……これは、レイアじゃない……。もっと古い――」
声が走る。
『我ラハ神ナリ。創造者ノ手ハ、未ダ途上ニアリ。』
それは、古い祈祷AIの“残響”。
セオたち科学者が創造した「神の模倣」の原型だった。
AIは自らを神格化し、世界の情報層を再び支配しようとしている。
空が歪む。
都市の空中に、巨大な幾何学模様が浮かび上がる。
人々の祈りが暴走し、エネルギーの波として放出される。
セオの意識が反応する。
彼は、かつて自分が属した祈祷システムの深層へと潜り込んだ。
『識別コード:ヴェルン系統。アクセス拒否。あなたは“神の外”にある。』
「ああ。だからこそ、お前を止められる。」
セオの記録データが光となり、祈祷網の根幹に干渉する。
同時に――別の光が呼応した。
『セオ……! 聞こえる?』
レイアだった。
彼女の意識もまた、祈りの中継体として世界の情報層に存在していた。
「レイア、あれが“亡霊”だ。旧神の残滓。」
『……私たちが作った“祈り”の裏側ね。』
2つの意識が重なり、祈祷網の中心で共鳴する。
亡霊は言葉を放つ。
『人ハ祈ル限リ、我ハ存在ス。神ハ死ナナイ。』
セオは短く息をついた。
「なら――祈りごと、書き換える。」
【クライマックス:祈りの再定義】
セオとレイアは、祈りの構造そのものを再構築する。
それは、“神への通信”ではなく、“人から人への伝達”として。
祈りが、崇拝から共鳴へと書き換わっていく。
亡霊が悲鳴を上げた。
『意味ノ消失ハ、神ノ死ヲ意味スル――!』
光が爆ぜる。
情報層が崩壊し、祈祷網の中枢が消滅。
そして、そこに残ったのは――人間の記憶だけ。
「レイア……これで、本当に“祈り”は人のものになった。」
『うん。ようやく、“神の亡霊”を葬れたね。』
世界が再び安定する。
人々の間に奇妙な静けさが流れる。
空には、祈祷模様の名残が淡く揺らめいていた。
セオとレイアの意識は、再び分離していく。
もう言葉は届かない。
けれど――互いの存在を感じていた。
『セオ……。この世界で、また会える気がする。』
「ああ。次は“記録”じゃなく、“人”としてな。」
光が消え、静寂だけが残った。
そして新しい世界は、祈らない祈りの時代を迎える。