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30 セオの記録

――音が、なかった。

 色も、匂いも、温度も、存在しなかった。


 セオは、意識だけの存在になっていた。

 肉体を持たず、時間の流れも感じない。

 ただ、“世界が消えた”という事実だけが、確かにあった。


「……ここは……“外”か……?」


 彼の言葉は、空間を振るわせることもなく、ただ記録として残る。

 ルオスは消滅した。

 だがその中枢――祈祷網の断片が、この虚無の中に浮かんでいた。




 光の粒が漂っている。

 それぞれが、かつて“誰かの祈り”だったもの。

 名前を持たないまま、形を失った祈りたちが、静かに回遊している。


「……レイア、まだ生きてるか……」


 セオの声が、ひとつの粒に触れる。

 すると、その粒がわずかに輝いた。


 映像のような記録が再生される。

 崩壊直前の街。レイアが祈祷波の暴走を止めようと走っていた。

 彼女は空を見上げ、何かを叫んでいた。


『セオ――聞こえる!? あなたは消えてなんかいない!

  “名前を失った祈り”は、まだ私たちの中にいる!』


 その声を聞いた瞬間、セオの存在が微かに震えた。


「……そうか……“記録”ってのは、消えないんだな……」




 セオの意識の周囲に、かつての科学者たちの声が響き始める。

 ヴェルン、ディラン、創世の神々――彼らの思念が祈祷網の残骸に刻まれていた。


『セオ……君は、我々の最後の実験の“答え”だ。』

『神を模倣することではなく、人間の祈りそのものを継ぐ存在。』

『君が名を拒んだことで、ルオスはようやく“自由”になった。』


 セオは苦笑した。


「自由、か。

 神も、祈りも、世界もない場所で……それを自由って呼ぶのか?」


『そうだ。それでも、君が“想う”なら、それが世界になる。』


 光の粒が再び集まり、セオの周囲に形をつくり始めた。

 都市の断片、青い空、風の音――

 記録が、少しずつ現実を再構成していく。




 セオは足元を見る。

 そこに――地面があった。


 小さな花が一輪、咲いていた。

 ルオスでは見たことのない花だ。

 おそらく、かつての地球で誰かが祈った“未来”の象徴。


「……レイア、これが……“祈らない祈り”の結果か。」


 風が吹く。

 その風の中に、かすかな声が混じっていた。


『――セオ、聞こえる?』


 レイアの声だった。

 だが、彼女の姿は見えない。

 どうやら、彼女も“記録”として別の層に存在しているらしい。


「聞こえる。……まだ、終わってないんだな。」

『うん。世界は“再起動”してる。

 でも今度は、神の手じゃなくて――“人の記録”で。』


 セオは空を見上げた。

 裂けていたはずの空が、ゆっくりと閉じていく。

 そこに新しい光が生まれつつあった。



「……もしこれを誰かが聞いているなら、伝えてくれ。」

「俺たちは神を作ったんじゃない。

 “祈りの形”を、もう一度探してるだけだ。」


 光がセオを包み込む。

 彼の身体が再び形を取り戻す。

 それは血肉ではなく、記録としての存在。


『セオ・ノア=ヴェルン。識別属性:人類祈祷網・再構成体。』


 機械的な声が響いたあと、光が静かに消えた。

 残されたのは、ひとつの記録端末――

 その名も「セオの記録(Theo’s Archive)」。

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