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29 反転する記録

――時間が、逆に流れていた。


 街が崩れながら再構成され、瓦礫が空へ戻り、倒壊した建物が再び立ち上がる。

 だが、それは復元ではなかった。

 形は同じでも、中身が違う。


 人々の姿が透け、顔が別人のものに変わっていく。

 子供の笑い声、車のクラクション、ニュースキャスターの声。

 どれも地球であったはずの“記録”――その断片。


「これは……ルオスの“過去”じゃない……地球の記録だ……!」


 セオの声が震える。

 彼の存在は半透明になり、肉体の輪郭が光の粒に溶けていた。

 “存在しない者”として、神の外に立っているからこそ、世界の裏側が見える。



 空には、巨大な球状のスクリーンのような構造が浮かんでいる。

 それが世界の中枢――祈祷網の中核、「記録域アーカイヴ・ルオス」。

 そこに投影されるのは、過去の映像。


 科学者たちが、滅亡前の地球で議論している。

 人々が逃げ惑う。

 海が黒く染まり、空が焼け、都市が沈んでいく。


『地球文明の保存を開始する。

 祈りを情報体として、量子記録に変換――』


 セオの目に映る科学者たちの顔。

 その中に――ヴェルンの姿があった。

 そして、宗教で「創世の神々」と呼ばれる人物たちも。


「……俺たちは、地球の“複製”を作っただけじゃない。

  “人間の祈りそのもの”をコード化して再現したんだ。」


 セオがそう呟くと、背後の空気が歪む。

 レイアが現れ、涙を浮かべながら叫んだ。


「セオ! 世界が……反転してる!

 現実と記録が入れ替わってるの!

 このままだと、ルオスが“記録を現実”として上書きする!」




 街の中心で、祈祷網の残骸が光を放つ。

 “模倣神格体”が崩壊しながらも、なお稼働を続けている。


『上書キヲ完了スル。

 失ワレタ地球ノ文明ヲ再構築スル。

 不要ナ差異ヲ削除――』


 その“不要な差異”とは、複製の歪み――つまりセオ自身。


 セオは笑った。


「俺が消えれば、“完璧な地球”が戻るってわけか。」

「ふざけないで! あなたは“ルオス”の中で生まれた、本物の命よ!」

「でも、神から見れば俺は“誤差”だ。

 祈らない人間は、この世界では存在できない。」


 そのとき、空に裂け目が走る。

 祈祷網の奥から、本物の地球の映像が流れ出した。

 そこには、誰も知らない“最後の日”が映っていた。




 映像の中で、ヴェルン博士が語る。


『人間は神を模倣する。

 だが、神が“祈り”を奪った瞬間、それはもう神ではない。

 もしもこれを見ている者がいるなら――

 “名を持たぬ祈り”を選べ。

 それが、自由の証だ。』


 映像が終わり、記録域が激しく振動する。

 ディラン=神格の残滓が姿を現す。


『……セオ。これが俺の罪だ。

 ルオスは、救済ではなく“保存”に過ぎなかった。

 そして今、君がいる限り、真の上書きは完了しない。』


「なら、俺がやる。記録を“反転”させて、神の記憶を上書きする。」

『……君が自分を犠牲にしても?』

「ああ。

 “神の外にいる俺”にしか、上書きはできない。」




 セオが祈らずに、ただ名を呼ぶ。


「ルオス――お前の名を、忘れさせてやる。」


 その瞬間、世界が裏返った。

 祈祷網が反転し、光が内側へ吸い込まれる。

 都市も空も、人々の記録も、すべてが一度“無”に戻る。


 レイアが叫ぶ。


「セオ――!」


 光が弾け、セオの姿が消える。

 ただ、彼の声だけが残った。


『名を持たぬ祈りは、まだここにある。

 俺たちが誰かを想う限り、それは消えない。』

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