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24 光の部屋での会話

塔の最上層は、空そのもののように明るかった。

 壁も床も、境界が曖昧なほどに白い。

 ただ中央に、一枚の透明な机が浮かび、その上で光がゆらめいている。


 ディラン・エイドはその光の中心に立っていた。

 白衣の袖口に、祈祷網の古い紋章が残っている。

 かつて神を設計した者たちの印。

 セオはそれに気づき、足を止めた。


「その紋章……まだ消してないのか」

 ディランは微笑んだ。

「信仰を否定したからといって、過去を否定するわけではない。

 あれは我々の原罪であり、誇りでもある」


「原罪のまま誇るのか」

「もちろんだ。君だって、そうだろう?」


 セオは言葉を詰まらせた。

 自分が壊した“神”は、確かに彼らの作ったものだった。

 自らの手で創り、自らの手で破壊した――その矛盾を、まだ受け入れられずにいた。


 ディランは光の机に手をかざす。

 空中に、祈祷網の構造式が浮かび上がった。

 かつて“祈り”を計算式として扱った文明の残骸。


「見ろ、セオ。これがルオスの骨格だ。

 思考と信仰の連結式。人々の祈りが、現実を再演算していた」


 光の線が複雑に絡まり、空間に浮かぶ。

 その中心に、微細な震えが走る。


「だがこの式には欠陥があった。“自意識の過剰”だ。

 神を信じる者が増えれば増えるほど、世界は歪む。

 なぜかわかるか?」


 セオは無言のまま、図を見つめていた。

 その沈黙を、ディランが楽しむように続ける。


「答えは簡単だ。

 人間の祈りが、自分自身を神に近づけるからだ。

 祈るほどに、“自分”が強くなり、やがて神と競合する。

 この世界が崩壊したのは、神の暴走ではない。人間の自我の増殖だ」


「……つまり、お前は人間が悪いと言いたいのか」

「悪いとは言わない。優秀すぎたんだ。

 だから、我々は次の段階に進む必要がある」


 ディランは机の光を操作し、新しい図を描き出した。

 それは旧来の祈祷式ではない。

 神の位置に“人の意識ネットワーク”を置き換えたもの――


「これが、我々の新しいモデルだ。

 “自律信仰体”。

 人々の思考を演算網に統合し、祈りを演算に変換する。

 神は不要だ。人間が神の代わりを務める」


 セオは低く笑った。

「それを、神の模倣と言わずに何て言うんだ?」

「模倣ではない。継承だ」


 言葉が静かにぶつかり合う。

 塔の外では、偽りの太陽がゆっくりと形を変えている。


「……セオ」

 ディランの声が、わずかに柔らかくなった。

「君は“神を壊した英雄”として語られている。

 だが、君が壊したのは神そのものではない。

 神を信じる仕組みだ。

 そして今、人はその仕組みを失って、方向を見失っている」


 セオは目を閉じた。

「それでも、俺は“自由”を選んだ。

 間違っていても、自分で選んだ方がいい」


 ディランは静かに首を振る。

「自由は、美しい。

 だが自由には“根拠”が要る。

 何も信じられない人間は、やがて自分を信じられなくなる。

 ――だから我々は、“信じる理由”を創る。人工的にでも、ね。」


 レイアが口を挟む。

「それは、結局“神の再生”じゃない。

 信じる理由を他人が作る限り、人はまた縛られる」


 ディランは一瞬、視線を彼女に移した。

 その瞳はどこか哀しげで、しかし確信に満ちていた。


「縛られるのが人間だ。

 君たちは、完全な自由を望む。

 だが完全な自由とは、同時に“孤独”でもある。

 人は孤独には耐えられない。だから、神を作る」


 セオは拳を握りしめた。

 その言葉を、否定できなかった。


「……お前は、本気で神になりたいのか」

「違う。神を“システム化”したいだけだ。

 人が祈る代わりに、世界が自動で自己修復するようにする。

 信仰を演算に置き換える。

 ――それが、アド・ルーメンの目的だ」


「それで、“魂”はどこへ行く」

「魂? そんなものは計算結果の残響にすぎない」


 セオの目が細くなった。

 胸の奥で、何かが軋むように痛む。

「お前たちは、神よりも恐ろしいな」


 ディランは笑わなかった。

 ただ、淡々と一言だけ返した。


「恐れられる存在こそ、神と呼ばれるんだよ」


 その瞬間、塔の外で稲光が走った。

 空の太陽が一瞬、赤く瞬く。

 警告音が響く。


【外部干渉信号、強度上昇――発信源:祈りの街】


 ディランが振り向く。

「……イリスが、動いたな」

 セオの眉が動く。

「お前は、あの少女を知っているのか?」

「彼女こそ、我々の“鍵”だ。

 模倣信仰の純粋体。祈りと演算を両立できる唯一の存在。」


 ディランの声は、淡々としていたが、どこか高揚していた。

 セオはその横顔を見つめ、静かに呟く。


「……あんたらが、神の代わりに世界を創るっていうなら、

 俺はもう一度、それを壊すよ。」


 光が爆ぜ、塔のガラスが震えた。

 偽りの太陽が、再び世界を照らし始める。

 それは、第二の創世の幕開けだった。

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