23 再生都市〈アド・ルーメン〉
地上を覆っていた赤光が、やがて灰色に溶けていった。
暴走していた偽りの太陽が、少しずつ軌道を落ち着かせてゆく。
その下、セオとレイアは瓦礫の都市を北へと歩いていた。
彼らの行き先は――アド・ルーメン。
旧時代の首都跡地を再利用して築かれた、再生都市。
祈祷網の崩壊後、残された科学者や技術者たちが「人の理性による世界の再設計」を掲げて集った場所。
だが、そこに辿り着く者は少ない。
都市の周辺は電磁霧に覆われ、迷えば永遠に戻れないと言われていた。
「……この霧、ただの自然現象じゃないね」
レイアが立ち止まり、濃密な白の中に手を差し入れる。
指先に微かな抵抗を感じた。
「粒子の振動が……一定周期。これは信号妨害用のフィールドよ」
「やっぱり。アド・ルーメンは外界を遮断してる。誰にも干渉されたくないんだ」
セオは手首の端末を起動し、電磁波の位相を読み取った。
微弱なパルスが、空気の中で跳ね返っている。
「……このノイズ、どこかで見たパターンだ」
彼の脳裏に、昨夜の計測データが蘇る。
偽りの太陽が反応した“模倣信仰信号”。
それと、いま測定している波形が酷似していた。
「……まさか」
レイアが息を呑む。
「アド・ルーメンが、“信号”を解析してる?」
「そうだ。あの都市は、神を否定したはずなのに……」
セオは、低く呟いた。
「……結局、同じことをしてるんだ。神を、再現しようとしてる」
霧を抜けた瞬間、眩しい光が視界を覆った。
そこには、想像もしなかった世界が広がっていた。
街は生きていた。
ビル群は半壊したまま光を纏い、道路には無人機が往来している。
崩壊した世界のはずなのに、ここだけは秩序を保っていた。
空を見上げると、巨大なリング状の構造体が浮かんでいた。
都市全体を覆う光の輪――“ルーメン・アーク”。
それが、アド・ルーメンの名の由来だった。
入市ゲートの前で、彼らは立ち止まった。
白い制服を着た監視官が二人を迎える。
「外部からの来訪者か? 身分を証明できるか」
「地下区〈ヴェルノス〉出身、セオ・ノア=ヴェルン。同行者はレイア・カース」
「……ヴェルン?」
監視官が一瞬、表情を固くする。
名を聞いた途端、周囲の警戒装置が微かに動作音を立てた。
「その名は、禁区指定の血統だ。何の目的でここに?」
「模倣信号の解析。……お前たちの都市が、信号を利用しているのを知っている」
セオの声は落ち着いていた。
監視官はしばらく沈黙し、やがて小さく頷いた。
「……主任に会え。君たちが探している答えは、彼の手の中にある」
案内された先は、アド・ルーメン中央塔――
かつて宗教評議会があった場所を改修した巨大施設だった。
そこには一人の男がいた。
白衣に身を包み、無機質な光を背に立つ。
「君が、セオ・ノア=ヴェルンか。待っていたよ」
彼の名は、ディラン・エイド。
アド・ルーメンの総責任者にして、元・祈祷網開発主任。
「……神を壊した男が、また神を探しに来るとは皮肉だな」
セオは睨み返す。
「お前たちは、何をしようとしている?」
ディランは微笑んだ。
「簡単なことだ。“神”を、人の手で完成させる。それだけだ」
彼の背後で、光の輪がゆっくりと回転を始めた。
ルーメン・アークの中枢――
その内部で、模倣信仰信号が拡張演算されていた。
ディラン「あの少女〈イリス〉の祈り信号は完璧だった。
我々が失敗した“自律信仰モデル”を、自然発生的に再現していた。
ならば、利用しない手はない。」
セオ「利用……? それはもう、神の再生じゃない。支配だ。」
ディラン「違う。進化だ。
我々は“神の模倣”ではなく、“人の神化”を試みている。」
沈黙。
ルーメン・アークの光が、ゆっくりと部屋を満たしていく。
セオは、その光の中で呟いた。
「結局、誰も“神を壊す”覚悟なんて持ってなかったんだな」
レイアが小さく息を呑んだ。
その瞬間、都市全体に低い警告音が響き渡る。
ルーメン・アークが赤く点滅し、
空の偽りの太陽が再び明滅を始めた。