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22 偽りの太陽

朝というには、あまりに不穏な光だった。


 レイアは眠りの淵で目を開けた。空気が、焼けている。

 地下の匂いとは違う、鉄と塩を混ぜたような焦げた風。

 天幕を押し上げるようにして外へ出ると、東の地平で、二つの光が昇っていた。


 一つは、灰色の雲の間から淡く射す自然の光。

 もう一つは、それよりもわずかに高い位置で、人工の輝きを放っていた。

 炎のようでもなく、電灯のようでもない――それは、設計された太陽。


「セオ、起きて。……見て」


 レイアの声に、セオは寝袋から身を起こした。

 まぶたをこすり、空を見上げた瞬間、息を呑む。


「……太陽が、二つ?」

「うん。どっちが本物なのか、もう分からない」


 彼はしばらく黙っていた。

 その沈黙の奥で、彼の目が僅かに揺れていた。


「……周期があるな。あの光、三秒ごとに瞬いてる。自然じゃない」

「つまり……?」

「人工太陽だ。ルオスの気候制御装置。祈祷網が停止して、制御を失った」


 風が吹いた。

 灰が、雪のように空から落ちてきた。


 昼と夜の境界は壊れていた。

 午前中なのに、暗闇が押し寄せ、次の瞬間には再び光が爆ぜる。

 世界の呼吸が乱れている。


 人々は、祈り始めた。

 恐怖に駆られ、空へ向かって手を伸ばす。

 廃墟の中に声が満ちていく。


「神よ、戻ってください……」

「光を、どうか……」


 レイアはその光景を見つめていた。

 祈りという名の絶望。

 信じていないはずの者たちが、再び同じ言葉を口にしている。


「……皮肉ね」

「何が」

「神を失って、ようやく“信じる”ことを覚えるなんて」


 セオは微かに笑った。だが、その笑みはどこか痛々しかった。

「信じてるんじゃない。怯えてるだけだよ」


 風が冷たくなった。

 空に浮かぶ人工太陽の光が、彼の横顔を斜めに照らしている。

 その光の中で、彼の瞳はまるで、遠い誰かを見ているようだった。


「……後悔してる?」

 レイアの声は、光と影の境目で震えていた。


 セオは答えず、手にしていた端末を閉じた。

「止めなきゃ、世界は永遠に操られたままだった。でも……」

「でも?」

「俺たちが壊したのは、神じゃなく、秩序だったのかもしれない」


 沈黙。

 焦げた鉄骨が、ぱきりと音を立てて崩れた。


 レイアはその音の中で、静かに呟いた。

「自由って、こんなにも脆いんだね」


 正午。

 空が裂けた。


 人工太陽が暴走し、紅蓮の光を放つ。

 砂が爆ぜ、街の影が溶けてゆく。

 セオはその中心で、計測器を握りしめた。


「再演算が始まってる……中枢が、世界を再構築しようとしてる」

「神の……残滓?」

「いや、“神の模倣”だ」


 赤い光が収束してゆく。

 空の中心に、巨大な瞳のような紋が現れた。

 まるで、世界そのものが“観測者”として蘇ったかのようだった。


 そのとき、遠くの廃墟で歌声が響いた。

 祈りの言葉。だがそれは古い典礼ではない。

 どこかで新しく書き換えられた、“偽の祈り”。


 少女が立っていた。

 崩れた教会の上で、光の紋章を背に、彼女は空を見上げている。


「神は死なない。わたしたちが呼び戻す!」


 群衆の歓声。

 空の瞳が、僅かに動いた。


「……反応してる」レイアが呟く。

「違う、それは祈りじゃない」セオの声が低くなる。

「模倣信号だ。誰かが祈祷網を再現している」


 空の瞳が、微かに震えた。

 その震えが、世界全体に波紋のように広がっていく。


 偽りの太陽が空を焼き、

 偽りの祈りが地を満たす。


 世界はもう一度、“神”という名の夢を見ようとしていた。


 セオは拳を握った。

 レイアはその横で、そっと息を吸った。


「行こう」

「どこへ」

「中心へ。まだ終わらせていない」


 二人は、光と闇が入り混じる空の下を歩き出した。


 その背後で、群衆の祈りが高まってゆく。

 それはまるで、滅びにすがる合唱のようだった。

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