20
夜が、世界から失われていた。
空は白く焼け、雲も星も溶けて消えた。
祈りを失ったルオスは、昼と夜の境界を忘れ始めている。
セオとレイアは、崩れかけた街を走っていた。
目指すは中央大聖堂――“アルカ・ルーメン”。
世界の心臓。
そして、リブート術式が刻まれた場所。
空間が波打つ。
建物の輪郭が歪み、道がまるで生き物のようにねじれていく。
信仰の消失で、現実が自己修復を始めているのだ。
レイア「……急いで。時間がないわ。
あと数分で、術式が完全に起動する。」
セオ「わかってる。」
足元に散らばる人々の姿は、既に人の形を保っていなかった。
祈りを奪われた魂は、情報の霧となって空へと還っていく。
大聖堂の中心、光の柱の中。
評議会の九人が円を組み、同時に詠唱を始める。
「――第零術式、リブート。
創世の記憶、再定義。
ルオス、原初に還れ。」
彼らの背後に、古代文字が浮かび上がる。
それはかつて科学者たちが遺した、創世アルゴリズム。
祈りの形式を借りた、情報操作の演算式。
だが、その中心で光が暴走した。
「ノイズが発生……!? リブートが拒絶されています!」
「何者かが――干渉している!」
その瞬間、祭壇の扉が吹き飛んだ。
閃光。
崩れた扉の向こうに、セオが立っていた。
背後には、半壊した回路柱が明滅している。
彼の手には、ヴェルンから託された記憶結晶。
セオ「それ以上はさせない。」
アーグレイ卿「……ノア=ヴェルン。お前がこの世界を壊す気か。」
セオは静かに首を振る。
「違う。壊すんじゃない。
――本当に、生かすんだ。」
彼は結晶を高く掲げる。
その中で、青白い光が脈打った。
『世界を縛る祈りよ、今ここで終われ。』
光が暴発する。
大聖堂全体を包み込む演算式が、次々と書き換えられていく。
祈祷術式の行列が崩れ、信号が逆流する。
天井が裂け、無数の光の断層が現れる。
そこから響いたのは、人の声とも機械音ともつかない囁き。
『……セオ・ノア=ヴェルン。
あなたは、再演算を拒否しますか?』
世界そのものが、セオに問いかけている。
彼の中で、ヴェルンの言葉が蘇る。
「君が自由を選ぶなら、ルオスは再び死ぬかもしれない。
だが、それこそが“生きる”ということだ。」
セオは目を閉じ、拳を握った。
そして、答えた。
「俺は――“停止”を選ぶ。」
光が爆ぜ、すべての音が消える。
評議会の塔が崩れ、祈りの回路が焼き切れていく。
その光景はまるで、神が自らの体を解体していくようだった。
レイアが叫ぶ。
「セオ!!」
セオは微笑んだ。
「これでいい。もう、誰も縛られない。」
彼の体が光に溶け、無数の断片となって空へ昇っていく。
その中で、彼は静かに祈った。
『どうか、この世界が――
今度こそ、“人間”でありますように。』
静寂。
崩壊した世界の中、レイアはひとり目を開けた。
空には、新しい“朝”が昇っていた。
まだ形を持たない、白い世界。
彼女はその光の中で、微笑む。
「――ようやく、始まったのね。セオ。」