18 創世者の眠り
暗闇。
音も匂いもない。
セオは、何かの底に落ちていく感覚だけを感じていた。
祈祷兵たちとの戦闘の後、爆発が起きた。
光。熱。
そして――静寂。
(……ここは、どこだ。)
周囲に広がるのは、無限の鏡面空間。
空も地もない。
ただ、自分の姿が何千もの断片となって映し出されている。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
白衣をまとい、穏やかな目をしている。
その顔は――セオ自身に酷似していた。
「ようやく来たか、ノア=ヴェルン。」
「……あなたが、ヴェルン・ノア?」
「そうだ。
だが、私はもう“死者”だ。
この空間は、創世計画の記憶領域。
君が目覚めたことで、ようやく再起動した。」
鏡面が揺らぎ、無数の映像が現れる。
崩壊した都市。
黒く焦げた大地。
機械に支配された空。
ヴェルンが静かに語り始めた。
「――これが、地球の終焉だ。
私たちは科学を極めた。
命を模倣し、意識を複製し、
やがて“死”さえも、データで管理するようになった。」
映像の中で、人々は機械の中で眠り続けている。
笑顔のまま、動かない。
「だが、人間は耐えられなかった。
“永遠に続く命”に、意味を見出せなくなったんだ。
誰もが自らの消滅を望んだ。
だから、地球は滅びた。」
セオは息を呑んだ。
「……それで、ルオスを?」
「そう。
私たちは“もう一度やり直せる世界”を作ろうとした。
人間が自分を受け入れられる場所を。
それが、ルオス。」
映像が切り替わる。
人工の胎動。
光の中で形成される街と海。
そこに、人々が“再演算”されていく。
「だが――我々はまた、同じ過ちを犯した。
不完全な自由を恐れ、“祈り”という制御を加えた。
人間が再び破滅しないように。
だがそれは、自由を奪う鎖でもあった。」
セオは拳を握った。
「……つまり、俺たちは最初から、自由なんてなかった。」
ヴェルンは静かに頷く。
「そうだ。君たちは“安全な世界”に閉じ込められた。
だが、君はそれを壊し始めた。
――君の中に、私の“拒絶”が残っていたからだ。」
「拒絶?」
「私は、最後の瞬間に祈ったんだ。
“誰かがこの鎖を断ち切ってくれますように”と。
その祈りが、君という存在を生んだ。」
セオは言葉を失う。
「君は、私の望みであり、私の後悔そのもの。
君が自由を選ぶなら、ルオスは再び死ぬかもしれない。
だが、それこそが“生きる”ということだ。」
鏡面にひびが入る。
世界が軋み始める。
ヴェルンがセオに近づく。
「行け、セオ。上へ――レイアのもとへ。
彼女の祈りは、君を導くために放たれた。
それが、原初の祈りの完成だ。」
セオは問う。
「……あなたは、これからどうする?」
ヴェルンは微笑んだ。
「私は眠る。
君が自由を選んだその瞬間、私の罪も終わる。
だが、もしまた誰かが“完全”を求めたなら――
その時は、君が“神”を殺せ。」
光が爆ぜる。
鏡面が砕け、意識が引き戻されていく。
最後に、ヴェルンの声が微かに届いた。
『セオ・ノア=ヴェルン――
お前は、ルオスにとって最初の“人間”だ。』
セオが目を覚ますと、そこは崩れかけた地下都市の廃墟だった。
彼の手には、ヴェルンから渡されたひとつの記憶結晶が握られている。
その中には、世界を再構築するための“鍵”――
そして、すべてを終わらせるための“祈り”が眠っていた。