13 レイア
崩れ落ちた光の塔の残骸。
夜明けの風が灰を巻き上げ、街の輪郭をぼかしていた。
セオは瓦礫の上を歩く。
足元で、祈りを刻んだ石碑が割れ、
断片的な文字が散らばっていた。
――ル=オス、我らの記憶を再び――
「……記憶か。」
セオは呟き、破片を拾う。
まるで世界そのものが、忘れたくない何かを“思い出そう”としているようだった。
その時、背後から声がした。
「あなたは、何を壊したのですか。」
振り返ると、灰の中にレイア=オルドが立っていた。
白い法衣は汚れ、肩口には血が滲んでいる。
それでも、瞳は澄んでいた。
「……祈りを、ですか?
それとも、人々の“安心”を?」
セオは無言で彼女を見つめる。
「俺は、檻を壊しただけだ。」
「檻?」
「人の心を縛っていた演算式。
あなたたちが“祈り”と呼んでいた、プログラムの構文だ。」
レイアの顔がかすかに曇る。
「でも、その“祈り”があったからこそ、人は生きてこられた。
恐れずに、疑わずに。
あなたはそれを奪った。」
「疑わない生は、生きてるとは言えない。」
「それは――あなたの理屈です。」
風が吹き、灰が舞う。
沈黙の中で、二人の視線がぶつかった。
「あなたは、ヴェルン=ノアの名を継ぐ者ですね。」
「……知っているのか。」
「評議会の記録に、残っていました。
ヴェルンが最後に遺した演算停止命令――“ノア・コード”。
あなたはそれを実行した。」
「なら、話が早い。
俺はあの人の続きをやる。」
「続きを? ヴェルンは、世界の停止を選んだのでは?」
「違う。あれは“終わり”じゃなく、“再開のための停止”だ。」
レイアの表情が揺らぐ。
「再開……?」
「ヴェルンは恐れたんだ。
人が“神の模倣”に満足して、考えることをやめることを。
だから、俺は――止まった世界を、もう一度動かす。」
レイアは目を閉じる。
灰の中、彼女の唇が小さく動いた。
「……あなたは、神を否定して神になろうとしている。」
セオは返さない。
代わりに、手のひらに青い光を灯した。
反演術式。祈りを解析し、逆算する力。
レイアの頬に、その光が反射する。
「これは“神の力”じゃない。
人間が、自分で取り戻した力だ。」
「でも、それを“信じる”ことは……祈りと同じでは?」
「――違う。俺は信じるんじゃない。選ぶんだ。」
レイアは微笑んだ。
その笑みは、悲しげで、どこか温かかった。
「あなたの言葉、少しだけわかる気がします。
……けれど、私は祈りをやめません。
たとえそれが虚構でも、私は人の“恐れ”を包むために祈る。」
「それが、あなたの自由か。」
「ええ。あなたが壊す自由を選んだように。」
空が淡く染まる。
夜明けの光が、灰の雲を貫いて差し込んだ。
セオは静かに歩き出す。
すれ違いざま、レイアが囁く。
「セオ・ノア=ヴェルン。
この世界の祈りが、すべて消えるその時――
“創世者の扉”が開くそうです。」
セオの足が止まる。
「……誰から聞いた。」
「評議会の記録。けれど、本当の意味は、誰も知らない。
あなたなら……辿り着けるかもしれない。」
風が二人の間を抜け、灰を巻き上げた。
光の粒が舞う中、レイアの声が遠くで消える。
「もし、もう一度会えたら……その時は、祈りではなく、名前であなたを呼びます。」
灰の空の下、セオは拳を握る。
「創世者の扉……
ヴェルン、そこに何を残したんだ。」
朝の光が、瓦礫に反射する。
その反射の中で、一瞬――
誰かの影が、セオを見つめていた。
ヴェルンと同じ瞳の色をした“何か”が。