補償(創世者の残響)
[記録断片:No.07/識別コード:VERN-01]
[状態:損傷 87%]
[再構成開始……]
……静寂の中で、声が生まれる。
『……ああ、また光が見える。
これは……再演算の断片か?
それとも、最後の記録か。』
映像の中、白衣を着た男が椅子に座っている。
髪は灰色、瞳は透き通る青。
背後には、崩壊した研究室と、映り続ける地球の断片。
『私はヴェルン・ノア。
ルオスの主要設計者の一人――
そして、“神を作った人間”。』
『地球は滅んだ。
環境の崩壊、思想の衝突、そして人の無関心。
だが我々は信じていた――
“記録さえ残せば、人間は再び立ち上がる”と。』
『我々は祈りの構造を解析し、
信仰を演算資源に変換した。
魂を“数値化”することで、再生を可能にすると信じて。』
男の声は徐々に掠れていく。
『けれど……祈りは、我々を裏切った。
いや、裏切ったのは――我々自身だ。』
画面が乱れ、別の断片が再生される。
暗い会議室、七人の科学者。
彼らは再演算の成功を祝っていた。
『これで人類は永遠だ。』
『死も痛みも、すべて演算によって調整できる。』
『神の領域に到達したのだ。』
そして、ヴェルンだけが沈黙していた。
『……永遠とは、変化の停止ではない。
我々は、“死ねない”だけの世界を作ってしまった。』
他の科学者が振り向く。
『ヴェルン、君は何を恐れている?』
『“完璧”を恐れている。
完璧な世界には、希望が存在しない。』
[記録損傷:再構成不能]
[断片接続試行:L-ELNA残響データ/一致率 32%]
音声が重なる。
リリィの声が微かに混じっていた。
「……ヴェルン……」
ヴェルンが顔を上げる。
『ああ、君か。
“安定者”プログラムの中に、まだ残っていたのか。』
「セオが……あなたの後を継いだ。」
『そうか。……彼が。』
彼は微笑む。
『ならば、世界はもう私の手を離れた。
それでいい。
人間の手に戻るべきだ。
私たちは、“模造された希望”を終わらせるために生まれたのだから。』
光が揺れる。
彼の身体が崩れ始める。
だが、その瞬間、最後の一言だけが明確に記録された。
『ルオスの底には、もう一つの“記録域”がある。
我々が触れなかった、“原初の祈り”だ。
もし彼がそこに辿り着くなら――
世界は本当に、変わるだろう。』
[記録終了]
[残響状態:安定(観測不能層に封印)]
そして最後に、一行だけが追加された。
【創世者ヴェルン・ノア:生存確率 0.0001%】