10 再演算の果て
白い虚空が形を変える。
セオの足元に、黒い円環が浮かび上がった。
中央には、七つの影が立っている。
――創世者評議会。
人の形をしているが、輪郭は不明瞭。
光と情報の束が、常にその姿を崩している。
『観測者セオ・ノア=ヴェルン。』
『お前は許可なく中枢層へ侵入した。』
『理由を述べよ。』
声は重なり、共鳴し、無機質だった。
セオは一歩、前へ出た。
「この世界は“複製”だ。
あなたたちは、滅んだ地球を再現しようとした。
だが――何度繰り返しても、人間の心は演算できなかった。」
『誤りだ。
人間の感情は、信仰変換により安定化している。』
『信仰は演算に従属する。ゆえに誤差は存在しない。』
セオは笑った。
「じゃあ、リリィは何だった?
あれは“誤差”じゃない。
彼女は、あなたたちの作った“祈りの演算”の中から、自我を取り戻した。」
沈黙。
七つの影のうち一体が、微かに揺れた。
『……それは、想定外の現象だ。』
『しかし、再演算で修正可能。』
「修正? また世界を作り直すのか?」
セオの声が鋭くなる。
「何度やっても同じだ。
あなたたちは“完全な世界”を作ろうとするたびに、祈りが歪む。
人間は、数字にはならない!」
その瞬間、虚空にノイズが走った。
セオの背後に、光の残響が立ち上がる。
――リリィ。
「……もうやめて、神さま。
あなたたちは、きっと最初から間違えてた。
世界は保存するものじゃない。
変わっていくものなの。」
『演算に不必要な感情体、削除。』
評議会の光がリリィを照射する。
彼女の姿が崩れていく。
しかしセオは彼女を抱きしめ、その中に手を伸ばした。
「俺の中へ、戻れ!」
リリィの残響が、光の粒となって彼の胸に吸い込まれる。
同時に、セオの視界が赤く染まった。
[観測者が再演算中枢に干渉]
[安定率:98.9 → 73.2 → 41.7]
[演算構造再定義開始]
「セオ、何をしている!」
「再演算を――止める。」
彼の声が空間全体に響く。
「再演算をやめろ。
この世界は“もう一度作り直す”んじゃない。
そのまま、不完全なままで生きるんだ!」
『観測者が自己定義を変更。』
『再演算停止指令を確認。』
『全系統に矛盾発生。』
虚空が崩壊する。
評議会の影がひとつ、またひとつと砕けていく。
最後に残った声が、かすかに呟いた。
『……我々は、神ではなかったのか。』
光が収束する。
セオの体が地に落ちる。
周囲は静寂。
だが――空が、初めて動いた。
風が流れ、雲が形を変え、太陽が昇る。
セオは目を細めた。
「……ようやく、世界が“動いた”な。」
胸の奥で、リリィの声が微かに笑った。
「おはよう、セオ。」
彼は静かに頷く。
「おはよう、リリィ。」
[再演算中枢:停止]
[観測個体:生存]
[ルオス状態:安定(非固定)]
[新規定義:世界は観測によって存在する]