9 ありがとう
光の柱に触れた瞬間、セオの視界は白に焼かれた。
痛みも、重力も、音さえも消える。
あるのは、ただ――無限に拡張する情報の奔流。
[識別開始]
[対象:セオ・ノア=ヴェルン]
[分類:外部観測個体/覚醒素質:適合]
[新規称号付与:観測者]
「……観測者?」
自分の声が反響する。
どこからか、リリィの声が重なった。
「“観測者”――神々の眼を越える存在。
ルオスを、外から見ることができる唯一の人間。」
セオは静かに目を開いた。
そこは、地上ではなかった。
白く光る虚空の中、無数の映像断片が浮かんでいた。
ひとつは、古い実験室。
人々が円卓を囲み、青い地球のホログラムを見つめている。
『地球再生計画――コードネーム、ルオス。』
『この世界は、我々の記録を次代へ残すための複製体だ。』
科学者たちの声。
だが、彼らの姿は人間ではなかった。
半ば透け、半ば金属でできている――演算存在。
「……これが、“神々”の正体?」
次の断片。
赤い空。
崩壊していく地球。
人々が逃げ惑い、空に祈りを捧げる。
『記録は続く。信仰は演算へ変換される。
祈りを媒体として、新世界を構築する。』
セオは息を呑む。
“宗教”は人々の心を支配するための仕組みではなかった。
人間の意識を演算資源に変えるための装置だったのだ。
「……信仰を、電力にしてたのか。」
リリィの声が答える。
「彼らは、神になりたかった。
でも、祈りを使った瞬間――
“人間”が、神々の演算を侵食し始めた。」
映像の中、評議会の議長が立ち上がる。
その顔には、どこか見覚えがあった。
「……この人……」
セオは目を細める。
議長の名札に、こう刻まれていた。
【ヴェルン・ノア】
「……ノア?」
リリィの声が震えた。
「セオ……あなたの、名前。」
「……俺は、あの科学者の……?」
リリィは静かに頷く。
「あなたの遺伝情報は、“創世者”ヴェルン・ノアの複製。
あなたは、彼らが残した“観測者プログラム”の器だったの。」
セオの手が震えた。
祈り、信仰、複製、再演算――
すべての道が、彼自身へと繋がっていた。
突然、虚空に亀裂が走る。
ノイズが響き、評議会の声が割り込んでくる。
[警告:観測者が中枢層へ侵入]
[削除プロトコル起動]
「セオ、逃げて!」
リリィの声が強くなる。
だがセオは首を振った。
「いいや。今度は逃げない。
俺は、見る。
この世界の終わりを――そして、始まりを。」
虚空が崩壊する。
セオは白光の中に立ち、手を伸ばす。
彼の視界に、最後の映像が映る。
滅びた地球の空。
そこに浮かぶ、青白い球体。
【複製世界ルオス 再演算第43周期】
「……終わってなかったんだな。」
セオの視線に、淡い光が宿る。
「だったら、俺が観測する。
すべてを、最期まで。」
白光の中で、リリィの残響が微笑んだ。
「……ありがとう、観測者。」