9話、斬撃は拙く、逃げは上手く
服部からもらった下級ポーションをゆっくり丁寧に摂取する。いろんな意味で大事なもんだから雑に扱いたくなかった。
あのあと服部と伊藤さんに謝罪した。そしてパーティを組み直すことにした。探索はまた明日だ。僕以外戦力にならない状況を解決するための打開策も考えてある。少し不安なところが多いけど。
翌日、漫画喫茶からリュックを背負ってギルドの建物へ向かう。近いので楽だ。迷宮の周りには漫画喫茶やホテルが多い。探索者は住所不定がおおいから需要があるのだ。
裕福な探索者はホテルへ、貧乏は漫画喫茶へという棲み分けができている。僕は当然、後者。昨日は大して稼げなかったので刑務所と大して変わらん飯だった。
風呂にも入れてない。髪は漫画喫茶の水道ですすいだが。このままではなんのために出所したのかわからん。今日は銭湯に入り、健康的な食事を手に入れてやる。朝日が眩しい、汚い僕は灰になりそうだ。
今日も少し迷いかけたが、それも計算に入れている。なので待ち合わせには遅れなかった。昨日の僕は馬鹿だったな。こんな方向音痴で迷宮に1人で潜ると宣うとは、
服部と伊藤さんと挨拶し、迷宮のゲートを潜る。これから僕たちはお互いに価値を証明せねばならない。今回はゴブリンがゲートの前にいることはなかったのでゴブリンを自分から見つける。
僕なら見つける前に迷子になる。だが服部は違う。服部の耳がかすかに発光する。聴力強化だ。服部は前を歩く。僕たちはそれについていく。途中で伊藤さんの呼吸音が無視できなくなってきた。
「服部君、伊藤さんにアレ食べさせて。」
「承知!」
服部が魔力で生成するのは例の絶品ホットケーキ。それを伊藤さんに手渡す。伊藤さんは息を必死で整えつつ頬張る。えずいてこぼしそうになるがそれは避ける。見事、完食した伊藤さんはホットケーキの疲労回復効果で呼吸が整い顔色も問題なし。
そして全員で顔を見合わせ、また歩き出す。服部が手を僕たちの前に出す。一瞬、僕はジェスチャーの意味が分からず、先に進みそうになるが伊藤さんに手を引っ張られて停止。
服部と茂みの外を覗くと緑色の肌をしたチビが目に入る。ゴブリンだ。僕たちはゴブリンが背中を見せているのを確認して一斉に襲いかかる。僕は瞬時に動体視力強化を発動。あれ?最初はみんなで飛び出したのに僕が突出している。
まあ服部はゴブリンが怖いだろうし、伊藤さんは反応が遅れている。大丈夫か?いや大丈夫だ。僕はゴブリンを不安ごと上から斬ろうとする。ゴブリンの棍棒に刃が食い込む。
本当に切れないなこの剣。僕は後ろに大きく下がる。食い込んだ剣に引っ張られてバランスを崩しそうになったが下がり切った。
伊藤さんがゴブリンに接近してナイフを振る。間合いが遠すぎるし、振り方は素人丸出しだがゴブリンの注意は少し伊藤さんに向く。
僕は再びゴブリンに斬りかかる。伊藤さんも遅れて横から回り込む。ゴブリンは僕の袈裟斬りを棍棒で弾く。それだけにとどまらずゴブリンはその勢いのまま棍棒をぶん回してくる。
素早い攻撃を可能にしているのはゴブリンの脅威的な筋肉。引き戻しが早いのだ。僕は前に屈んで、棍棒をやりすごす。このまま刺すか?
いや、僕は後ろに一歩動く。直後、僕の頭があった位置にゴブリンの爪先が勢いよく通り過ぎた。伊藤さんは僕とゴブリンが攻防を繰り返している間にゴブリンにだいぶ近づいていた。
そして両手に順手で持ったナイフをぶん回す。ゴブリンにも劣る技巧で放たれた二連撃はゴブリンに掠りもしない。当たり前だ。そもそも振る距離が数歩遠い。
怖くて近づけなかったのだろう。ただゴブリンの注意はほんの少し引けた。僕がゴブリンの意識の隙間を抜けるように左斜め上から斬りつけた。ゴブリンは棍棒で受け止める。
ゴブリンは弾きも流しもせず受け止める。人間なら手首を壊している。だがゴブリンの筋力は人間を上回っているため。ダメージは棍棒にしか入らない。
僕は後ろに勢いよく飛び退き、棍棒に埋まった剣を抜く。片手持ちのゴブリンの棍棒は傷だらけになっていた。いっそそのまま壊れちまえばいいのに。
だがそうは問屋が卸さない。ゴブリンは棍棒を振り翳しながら突撃してくる。棍棒が折れたり割れたりする気配はない。狙いは僕。伊藤さんはゴブリンに戦力外として認識されたのか見向きもされない。
そして最初から存在を認識されていない奴もいる。ゴブリンの肩が刀で叩き割られた。汚ねえ斬撃だが致命傷だ。
下手人は服部である。前にも言ったが服部は隠密魔法が使える。隠密魔法で気配を消して近づき背後から攻撃。
隠密魔法は達人ともなれば目の前で使っても相手は一瞬、どこにいるか分からなくなる。服部は達人ではないが、僕たちが注意を引いていればゴブリンの背後を取ることなど造作もない。
すごいぞ。服部。勇気を出してゴブリンに打ち勝った。あ、でもまだゴブリン生きてるな。その刀を抜いて離れろ。服部は刀を動かすが、抜ける様子がない。
食い込みすぎたらしい。ゴブリンが振り向いて服部を睨みつける。怯えた服部は刀から手を離して後ろに下がる。服部の身体に多量の魔力がまとわりついた。服部は後ろに跳躍。
一気に十歩以上の距離を稼ぐ。もう一度ジャンプして木の幹へへばりつき、素早く、よじ登る。服部から話は聞いていた。服部は逃げることに一番必死なのでその時だけ拙い筋力強化が使えるのだそうだ。
冗談の可能性も考えたが、紛れもない真実だったようだ。服部はゴブリンから逃げ切った。ゴブリンは服部をもう殺せない。でも服部以外なら?
ゴブリンは伊藤さんに駆け寄る。伊藤さんはゴブリンに背を向けて走る。普段は無表情な伊藤さんが目を見開き、顔を大きく歪めて必死な表情をしている。
彼女が必死に走っているのに刀が刺さったままの死にかけのゴブリンはどんどん距離を縮める。それを見て僕も走ることにした。伊藤さんと僕とゴブリンの距離がどんどん近くなる。
ついにゴブリンが伊藤さんめがけて棍棒を振り上げたとき、僕はゴブリンの頭を縦にかち割った。僕たちの勝ちだ!




