8話、判断は遅く、恐怖は強く
僕がパーティの脱退を表明すると服部は手がプルプル震えて耐え切れ無さそうな表情になる。伊藤さんは表情がぴくりとも動かない。今日会ったばっかの人に関心を示すのが難しいからかな?
「抜けて・・・・・・抜けてどうするんでござるか?アテは?」
「パーティに所属すんのは無理だろうから、一人でゴブリン倒す。」
服部が言葉に詰まりながらも問うてきた。それに僕はすぐに答えを提示する。これくらいの質問は想定内。想定外の質問が来ると僕は人一倍対応に苦しむがこの程度なら問題ない。
「死んじゃうでござる。」
「それは君たちといても同じことだ。行ってくる!」
僕は走り出した。友人を役立たず扱いした罪悪感を引きずりながらも走るのをやめなかった。まあとりあえずゴブリンを殺して飯を食うことだけ考えよう。終わったら筋肉痛だろうからスーパーでプロテインドリンクでも買ってやるぜ!そうして僕は迷宮に飛び込んだ。
数秒後に雄叫びが聞こえた。聞き覚えがある。というかさっきも聞いた。・・・・・・ゴブリンだ!判断が遅い。方程式を解くように遅い!
ゴブリンが目の前にいる。ゴブリンは棍棒をもう振りかぶっている。剣を抜いていては間に合わない。とりあえず足を入れ替えて踏み込んで拳で目の当たりをぶん殴る。
痛え!殴り方を間違えて手首を捻った。なんでだ!興奮していないのか痛覚がいつも通りだ。それになんか怖い。殺意より恐怖が勝つ。おかしい。
そんなこと考えている間にゴブリンは体勢を立て直す。僕の足が震える。利き手を怪我している。剣は左腰に差しているので利き手が使えなきゃスムーズに抜けない。
そうなると錬金術に頼らざるを得ない。魔力もこれまででだいぶ使っている。大丈夫か?待て!なんで動体視力強化使ってない!
もっと早くに使うべきだった。馬鹿か!いまさらだが使うことにした。目に魔力が流れた瞬間ゴブリンが棍棒を肩に担ぐ。
勢いよく斜めから棍棒が迫る。僕は一歩引いて一撃を避ける。そして飛び込んでゴブリンを両手で強く押す。ゴブリンの体幹は強靭だが、さすがに攻撃の直後なら多少は崩せる。
追撃には奥足での前蹴り。今回は押し込むように蹴った。ゴブリンは後ろにのけぞって離れる。僕も後ろに下がる。これなら剣を作る時間が稼げそうだ。
僕は左手を後ろに下げてグネグネと液体を動かし、剣を形成する。しかしいつもより生成が遅い。嘘だろ。ハヤクハヤクハヤクハヤク!
ゴブリンの方が速い。ゴブリンは跳躍。高い、僕の腰くらいの高さだ。あの小さいモーションであれだけの高度。
僕はナイフをようやく生成して足を切り付ける。ゴブリンは空中でバランスを崩し、着地に失敗。地面に前から倒れ込む。良し!殺す!
でもゴブリンの方が殺意が高い。地面にへばりついたまま僕のスネを力強く掴む。折れる!僕は焦ってゴブリンの目にナイフを突き込む。だが浅い。
ゴブリンは一瞬手を離す。しかも硬直。僕は骨折した足を引き摺らず迷宮のゲートへ向かう。ゴブリンもびちゃびちゃ音を立てながらついてくる。
血でも流れてるんだろう。僕はゴブリンが滴り落とす血の音に怯えながら骨折した足で痛みを無視して駆けた。ゴブリンは立ち上がるのに加え、足を切られているのでいつもの俊足は発揮できない。
僕も折れているのでそんなに速くない。ゴブリンの指が背中に触れた瞬間、僕はゲートに踏み込めた。
僕は死の危険から逃れたことで気を抜いて地面に這いつくばる。そしてそのまま這う。なんでだ。なんで負けた。本日4回の戦いの中で最もひどかった。
全然集中できなかったし、殺意もさほど湧かなかった。おかしい。いや4回目?まさかもう十分疲れてたのか。
無茶をした。服部にあれだけ言っておいてこのザマだ。パーティを一人で抜けてゴブリンを倒す?4体目で大怪我するなら無理じゃねえか。
それに今日ポーションをすでに2回飲んでる。1本は服部が奢ってくれたから良かったけど普段なら大赤字だ。ポーションの方がゴブリンなんかより高額だから。
そして僕の財布は雪国のように寒い。今の怪我を治すには最下級ポーションでは足りない。下級ポーションが必要だ。付け加えると下級ポーションを買うには最下級ポーションの倍以上の金が必要だ。
そんな金どこにある。どうする?打開策を探して僕は辺りを見回す。探索者達の目が僕の方を向いている。不審者を見るような目だ。屈辱だ。これでは昔、土下座させられて踏みつけられて砂が口に入ったときと大差ない。
顔を下に向けて、地面にひざまづいていると靴音が近づいてくる。職員だろうか?邪魔だからどいて欲しいのか?
この状況だ。ムカついても殴ることはできない。足も心も折れている。僕は油の切れた機械のような動作で首を上げた。
「服部君?」
服部だった。僕を笑いにきたのか?いやそんなはずはない。刑務所暮らしをしていたからわかる。こいつはそこまで性格悪くない。なんか慌てた顔してるし。
「立てないでござるか?」
「ああ折れてるから。でも立てなくはないかも?」
「そこまでして立たんでいいでござる!ポーションは?」
痩せ我慢して立つことを考えたが、服部は慌ててそれを止めてくれる。そしてポーションか。そんなもん買う金がないのが恥ずかしかった。だから小さい声で。
「・・・・・・うん、下級が必要だけどちょっと、いやだいぶ、か、金が足りない。」
「下級でござるね。ほい。」
服部はリュックをガサゴソあさって瓶を取り出した。下級ポーションだ。え、まじでくれんの?なんで?そこまでしてもらっていいの?その声はしっかり漏れていたのか服部は慈愛に溢れた表情で優しい言葉をくれる。
「いいんでござるよ。」
天使だ。天使がここにいる。同じ前科者だが僕と服部には天と地ほどの差がある。それを思い知った。




