21話、期待は重く、腕は軽く
腕を失った翌日、僕はパーティのみんなと探索に出掛けている。ただし昨日とは違い迷宮の二層に潜っている。
パーティのみんなが僕の腕が物理的に落ちているので、戦力的に三層は厳しいと考えたのだ。そのためひとまず二層での探索になった。
腕を取り戻せるのはいつになるやら。気づけば余計なことを考えていた。そのせいで反応できなかった。殺意しか頭になさそうなゴブリンが飛び込んできた。その数二匹。
錬金術は間に合わない。なので一歩引いてゴブリンが繰り出した横薙ぎを回避。しかし攻撃に移るという思考には至らない。動体視力強化の発動という選択肢も頭になかった。
続けてゴブリンの棍棒の縦振り。常に手に持っていることにしていた片手剣を押し当ててそらす。どうせ高頻度で襲われるのだからと鞘に納めていなかったのは正解だった。
とりあえず動体視力強化を!だが判断が遅い。発動の前にゴブリンが先ほどの縦振りで勢い余って地面に叩きつけていた棍棒を斜め下から振り上げる。
後ろに軽く飛び退く。ゴブリンは力強く踏み出す。一瞬で追いつかれるだろう。死んだか?まあ死んでもいいか。
今まで人生でろくなことがなかった。小学校でも中学校でも高校でもいじめられて、大学に入ったらいつも課題に追われて、就職しても失敗ばかり。そのあと下らねえ事件を起こして刑務所に収監された。そしてこの前う腕を欠損。もういいだろ。死んでも。生きててもろくなことは・・・・・・。
「セイッ!」
横から入ってきた服部がゴブリンの頭を刀でかち割った。・・・・・・結局死ななかった。伊藤さんと中村さんも駆け寄ってくる。もう一匹のゴブリンはすでに死んでいるようだ。
「金剛寺殿。油断してたでござるな!死んだらどうするでござる!」
「いや死んでもいいかなって。」
服部の注意に対して口から出たのは完全に余計な一言だった。
「ふざけるな!」
服部がいつもの忍者というよりオタクのようなござる口調を止めて、激怒した。つられてこっちも少し機嫌が悪くなり、衝動的に発言。余計なこと言ったのは僕なのに。そして追加で余計なことを言う。
「別にふざけてないし。今までロクでもないことばかりだったから生きててもいいことないかなって。」
「壮悟くん。君が途中で死んだら悲しいし、その後も大変だ。パーティ全体を危険に晒すことになる。死ぬな。」
「・・・・・・はい。」
中村さんに諭されて、申し訳なくなった。いらないことを言ったのは言ったときに自覚していたが、こうして指摘されるまで実感が湧かなかったのだ。
雰囲気が少し悪くなりつつも探索は再開された。僕は最低な人間だ。自分の心が弱いからって、ストレスを人に押し付けてしまう。気持ちの切り替えもできない。だから人殴って逮捕されるんだ。
中村さんはああ言ってくれたがやはり僕は死んだほうがいいのではないか?そう悩んだその時、三匹の狼が飛び出してきた。ここは迷宮。死のうと思えばすぐ死ねるし、死にたくなくても死ぬときは死ぬ。
悩み事なんかしていたせいでまたしても反応が遅い。狼に足を嚙まれた。死にたくねえ!先ほどと全く異なる意見だ。でもさ、死にてえって言ってるヤツだって、いざモンスターに襲われたら意地でも生還しようとすると思う。
僕もそのうちの一人だったようである。勢いよくかがむと同時に、片手剣を逆手に持ち替えて狼の頭を刺し貫いた。片手剣は頭蓋を貫通して地面に突き刺さった。すぐに抜いて、次の狼の姿をとらえる。
狼が近づいてい来るが、かまれた方の足に力が入らない。くそ、このままだと死ぬ。目はつむらない。少しでもあがく!片手剣を構える。伸るか反るかだ。
覚悟を決めたとき、伊藤さんが横合いから飛び出してきた。伊藤さんは狼の背中に逆手に持ったナイフを突き立てる。狼が何事かと、伊藤さんの方を向いた。次の瞬間、狼の喉元は伊藤さんのもう一本のナイフで切り裂かれる。
致命傷だ。しかしモンスターは致命傷を負ってもおとなしく死ぬことはない。地を踏みしめ、前へと進む。残り僅かな命を燃やして。伊藤さんは狼の前足に奥足で回し蹴りを入れて、一瞬動きを止める。そして頭を思いきり踏みつける。何度も踏みつける。
やがて狼の動きが完全に止まる。しかし二層では狼は三匹一組で行動している。残り二匹は?一匹はすでに頭と首が分かれて地面に転がっている。もう一匹は?
軽快な足音。人間とは明確に異なる音だ。伊藤さんのほうに狼が突撃してくる。伊藤さんは横に跳んだ。対する狼は一度、速度を落としてから横に曲がった。逃げに徹するのは不可能だろう。
だから伊藤さんは右手に持ったナイフを振った。順手でのリーチを重視した斬撃は狼を後退させた。狼は一回離れたが、すぐに足に力を込める。伊藤さんを殺すことしか頭にない。
だから隙ができる。後ろに忍び寄った服部が頭の上まで振りかぶった刀を勢いよく振り下ろす。狼の尻から腹に刀が食い込む。浅くはない。しかし深くもない。
だが狼の動きを封じる効果は十分にあった。動きが止まった狼を伊藤さんは見逃さなかった。狼の目に逆手に持った左手のナイフが突きこまれる。ナイフは正確に目を貫通して、狼に致命傷を与えた。
すぐに伊藤さんはナイフを抜いて、狼を踏みつける。まだ動くからだ。完全に動かなくなるまで、伊藤さんは狼を踏み続けた。
「なんでまた油断したの?」
伊藤さんが狼から足をどけた後に一言。手がかじかむような冷たい声だった。すぐには声が出ない。理由も言いたくない。
「なんで?」
「・・・・・・落ち込んでたからです。」
伊藤さんの再びの問いにこう答えるしかなかった。服部が顔を赤くして何か言いかけるが、伊藤さんがそれを手で制す。
「私の人生はくだらなかった。だからあまり期待しない。あなたは期待のしすぎ。だから脆い。」
伊藤さんにしては長い発言だ。・・・・・・期待のしすぎね。いつかいじめが終わるだろう。仕事も少しできるようになるだろう。探索も場数を踏めば上に行けるだろう。僕は現実を見たくなくて、いつも何かに期待していた。
そして期待が裏切られた今、こうして落ち込んでいる。落ち込んでいるときは物事がうまくいかない。探索から戻った後、パーティのみんなが話し合った。
「金剛寺殿は油断してばかり、いつか死ぬでござる。人が死ぬところは見たくないでござる。」
「我々のいないところで壮悟君が死んでもいいのかい?」
「そういうわけでは・・・・・・。拙者は金剛寺殿が油断するのは仲間がいるからだと思うでござる。」
「金剛寺、前一人で探索してたし大丈夫。」
「今は片腕がないんだぞ!だいたい・・・・・・。」
議論は続いた。僕は会話に入れず、何も考えていなかった。床をただじっと見つめていた。上を向いていられなかったのだ。この日、僕はパーティを追放された。




