17話 怒声は大きく、心は小さく
知らない天井だ。迷宮の二層にいたはずなのに気づけばベッドが並べられ、ガラスの棚の中をポーションが占有している部屋にいた。
状況を整理しよう。まずは・・・・・・。ガラッと扉が開いた。状況を把握する前に誰か来た。誰?すぐにその答えは出る。パーティのみんなだ。
心配して来てくれたのか?いや無言でこちらに近づいてくる。表情も険しくないか?なにが起こっているのかよくわからないまま、緊迫した環境に置いていかれた。もちろんついていけるはずがない。
心臓の音が激しくなり、部屋の消毒が行き届いている故の匂いもしない。しかもベッドに寝そべっているはずなのに柔らかさを一切感じられねえ。
「答えるでござる。なぜ拙者達に内緒で迷宮に潜っていたでござるか?」
服部の声が普段より低い、可愛らしい童のような声がナイフを持った非行少年の恫喝へと変わった。そう錯覚してしまう。あと気になるのは・・・・・・。
「どこでそれを?」
「受付の人が教えてくれたでござるよ。さあ理由を答えるでござる。」
「ここはどこ?」
「ここは医務室でござる。あとこっちが説明してるでござる。」
怖いので話を逸らそうとしたが、無駄だな。嘘を吐いてどうにかするか。
「ちょっと金が欲しくって。」
「嘘だね。戦い方が変わった時期と一人で探索に行き始めた時期が一致している。本当は強くなりたいんだろう?」
「嘘じゃないですよ。中村さん。今だって漫画喫茶で暮らしてるし、やっぱりちゃんとした家に住みたいんですよ。」
「・・・・・・嘘吐き。」
伊藤さんが呟く。小さい声なのに不思議な存在感を醸し出していた。それでも嘘を重ねるしかない。
「漫画喫茶での睡眠はいいもんじゃないですよ。やっぱりベッドで寝たいですね。あとは、私物を置くスペースが欲しいですね。他にも・・・・・。グエッ。」
早口で嘘を立て並べる僕に拳が突き刺さった。服部?一応、医務室で寝てたんだけど。文句をつける暇もなく、服部の怒声が響く。
「このぉ愚か者!意味のない嘘をつくな!」
ござる口調じゃなくなった。それだけで感じる圧が違う。ゴブリンの方が怖いはずだ。だって殺意全開で殺しに来るのだから。ゴブリンに比べれば・・・・・・。いや、やっぱり怖い。
「ギルドまで運んでくるのは大変だったよ。服部君が背負ってくれたんだ。それでもまだ嘘を言うのかい?壮悟君。」
中村さんの穏やかな口調の中に確かな圧を感じる。自分がどれだけ不誠実なことをしたか、周りに迷惑をかけたか。でも確かにどうしても成し遂げたいことがあった。
「死にたくない。そうは思わないの?」
伊藤さんの短い言葉。いや普通の人からしたら短いが、伊藤さんにしては長い。そのいつもより長い言葉に、どんな意味が含まれているのかわからない。だけど死にたくないから我慢することなんてできない。
「僕はどこにいっても嫌われ者で、その原因は僕にもあるんでしょう。それでも現実を受け入れることなんてできない!何もかも持ってる奴に偉そうなことを言われた気持ちがわかりますか!なにもわからないクセに!世の中の幸福の量はある程度決まっているんですよ。それをケーキを切り分けるように分配する。あいつは人より多くのケーキをもらっているのに!僕みたいな人間がケーキをもらえないことを当然だと考えてる!楽してケーキ食えるやつはいいよな。僕だって欲しかったのにいい!だからせめてあいつを不幸にして、無様な姿を見て満足したいんですよ!何が悪いんですか?死んだらそれまでですよ。ただ生きるだけじゃ幸せになれない。パンだけじゃなくてケーキも欲しい。死ねないから生きてるだけだ。生きてるだけの人生になんてなんの意味もない!」
言葉が止まることを知らない。涙も鼻水も溢れてみっともない。心が汚ければ、顔も汚い。僕だって最初はこうじゃなかった。
どこからおかしくなったのかはわかる。でも治し方がわからない。今の僕は生きてるだけだ。死ぬのは怖いが、誰かが殺してくれるならそれで構わない。
「生きてるだけの人生で何が悪い!」
服部が全く共感できない意見を僕にぶつけてきた。どう返答すればいいのかわからない。先ほどまでうるさいくらい、喋っていたのに口から何も出ない。
「拙者は学校の同級生からはいじめられて、先生からも見捨てられていた。本当にただ生きているだけ。それでもそんな拙者を生かすためにお父さんもお母さんも必死に働いて。ただ生きているだけでもすごいことなんだ!」
服部が育った家庭は貧しい。刑務所でもよく愚痴っていた。でも決して両親を責めなかった。それは両親の苦労をまっすぐに見つめていた方なのだろう。それでも・・・・・・。
「それでも辛いことは変わらないだろうが!だから出来るならムカつく奴にはこっちの苦しみを少しでも押し付けたいんだ!少しでいいんだ!少しあいつのプライドを傷つけられれば十分なんだ!お前だってあいつに捕まえられて偉そうなこと言われたんだろ!」
「確かに言われたよ。でもそんなことでムキになって命を賭けるなんておかしい!」
「僕の命は安いんだ!ならつまらないことに命を賭けてもいい!」
本当にそれでいいんだ。何も不満はない。ただ服部は僕の考えに賛成する気はないようだ。唇が動き、息を吸い始める。何を言われる?
「壮悟くん!」
中村さん?!服部がなにを言い返すかしか予想していなかった。故に中村さんの発する言葉に対して反応はできない。黙って聞かざるを得ない。
「君は嫌いな相手の少しプライドを傷つけられば十分だと言ったね。それなら命を懸ける必要がない。卑屈にならなくたっていい。すぐに追い越せる。」
は?僕が宝来をすぐに追い越せる?そんなわけがない。中村さんは何もわかっていないのだ。もしかして出まかせを言っているのか?しかし中村さんの表情は真剣だ。でも僕には人の気持ちなんてわからない。疑心暗鬼に陥る僕に中村さんは一言。
「まずは話を聞いてくれないか?」
詐欺師が良く言うセリフだ。それなのに僕は中村さんのことを信じたいと思った。




