14話、口論は弱く、心も弱く
僕とイケメンは訓練場にあるリングに向かって歩いていく。こいつの顔、相変わらず綺麗だな。二目と見られない顔にしてやりたい。なにせ立派なものが壊れる場面ほど芸術的なものはないからな。
「ちょっといいですか?」
なんだこいつ。普段は芸術について考えない僕がお前の顔で最高の作品を作ってやろうと思ったのに。そう思ったので高圧的に返す。
「なんだよ。どうせくだらないことだろ。」
「確かにくだらないことでしたね。あなたの名前のことなんて。」
「なんだと?」
こいつ名前聞きたかっただけか?僕の個人情報を集めて何する気だ?不安が抑えられないほどに膨れ上がっていく。
「これから戦う相手の名前くらい知っておいた方がいいかと思いまして。」
「金剛寺 壮悟だ。覚えとけよ。ゴミ!そんでお前の名前はなんだよ。早く言え!このスカポンタン!」
「無理して悪口言ってませんか?まあ、いいですよ。あなたがその程度の人間ってことで。僕の名前は宝来 倫貴ですよ。」
そうかい。返事するのも癪なので無言で歩く。肌に電気がまとわりついているよう。ピリピリする感じだ。それに探索者達の大声が非常に小さく聞こえる。頭に入ってこない。
リングについた。柱にロープを通した四角形の戦場。ボクシングで使われるようなリングだ。本格的な。探索者同士の喧嘩のために、こんなもん用意しないといけないとはギルドに同情するぜ。
まあ今から喧嘩する僕には、同情する資格は一切ないのだが。リングの脇には受付がある。ここで決闘の手続きをする。受付の人が非常に嫌そうな顔をして対応をしてくれた。
そりゃそうだろうな。喧嘩なんて起きない方がいいに決まってる。書類にサインをしてルール説明を聞いてオープンフィンガーグローブをつける。
喧嘩と言ってもルールはしっかり決められている。受け身が取れない探索者が多いので投げ技は禁止。関節を極めようとして大怪我させる探索者も多いので関節技も禁止。安全には一応、配慮しているらしい。
そして今回僕にとって一番大事なルールは魔法の使用禁止。闘気術や魔術、錬金術などの魔法は殺傷能力が高いものが多い。当然使えば死人が続出するので使わせてくれない。
このルールのおかげで僕は宝来の化け物じみた闘気術を警戒しなくていい。勝ち目はある。とにかくボコボコにして憂さを晴らしてやるよ。
僕と宝来はグローブをつけて構えを取って向かい合う。ゴングが鳴った。僕は身体を前に大きく倒しつつ腰を回して右拳を突き出す。
伝統派空手の特徴的な技法の一つだ。こうすることで遠くから顔を殴れる。変わった動きなので意表もつけるはずだ。
そのはずだった。信じられないことに宝来は顔を倒して最小限の動きで回避。だがこの技には続きがある。躊躇なく足を入れ替えて、より近い距離で短く、今度は左拳を宝来の倒れた顔に向かって放り出す。
これが伝統派空手の代表的なテクニック。逆逆。遠い間合から距離を一気に詰める回避困難な突進攻撃。
直後、左手に何かが触れて、圧迫される。すぐに理解した。掴まれたのだ。身体が引き寄せられる。逆逆に完全に対応するとは恐れ入る。
だがな、このままやられるほど弱くねえよ。膝蹴りを腹にぶちこみ、手を振り解いて抜け出す。仕切り直しだ。
お互い左半身を前にしていつでも動けるように身体を揺らしながら構えている。半歩踏み込んでから宝来の左拳に僕の左拳をぶつけて弾く。
宝来の視線が左拳に向けられる。それを待ってた。僕は足元から弧を描いて左の足先をみぞおち目掛けて突き刺す。
宝来はうめき声ひとつ出さずに素早く後ろに下がる。しかし呼吸は確かに乱れている。ここが攻めどきだ。
僕は飛び込むと同時に左拳を鼻の下と唇の間、いわゆる人中を狙う。人中には神経が集中しており拳がぶつかった時には流石の宝来でも悲鳴を上げるはずだ。
悲鳴は聞けなかった。左腕を引っ張られていたからだ。今の攻撃は空手でも最速と名高い刻み突き。それに蹴りを喰らった状態で完全に対処するとは。
そして宝来は僕の左腕を引き寄せてから右拳で顎を揺らしてきた。今のは!上段正拳逆突き、空手の技だ。・・・・・・いや違う。剣道の片手突きを応用した拳打?
剣道と空手の突きには共通点が多い。僕がゴブリン相手に使った剣技は空手の正拳突きを参考にした。僕にできることは、こいつにもできるってことかよ!
だからこそ負けられない。僕より上のこいつにだけは負けたくない。相手は全てを持ってるから、せめて少しは奪ってやりたいから。
またあの感覚だ。力が湧き上がって。絶対に負けないような気がする。その状態で一度負けたのに。負けた事実を押しつぶすような万能感が僕を支配する。
左腕は掴まれたまま。僕は後ろに身体を全力で倒す。宝来はそれに対抗して僕の左腕を千切れそうなくらい強く引く。
すげえ力だ。レベル差をひっくり返すほどの肉体。刑務所で衰えた僕にとっては妬ましい。僕は身体から力を急に抜く。一気に引き寄せられ、宝来に急接近。
近づいた勢いを利用しての顔面への肘打ち。宝来は首を自ら捻って衝撃を流す。大したものだ。でも拘束が疎かになっている。
宝来の左腕を外して、自由になる。そして僕は拳の間合いまで下がっての刻み突きを放つ。速度、精度ともに申し分ない。みぞおちに強い衝撃!、何かがめり込んだ。決まっている。宝来の拳だ。
刻み突きを屈んで避けての中段逆突き。お手本のような対応だ。なら僕もお手本に従う。下がった頭を狙っての中段逆突き。しかしお手本は通用しなかった。
僕の拳は空を切った。宝来は屈んだまま斜めにステップイン。それ宝来の奥足がかすかに動く。見切った!僕は脇で宝来の右足を挟み込む。
奥足での中段蹴りを掴んで崩せば、空手の試合だと高いポイントが入る。今回は決闘なのでポイントとかそんなヌルいものは求めてない。
宝来の足を掴んだまま、左拳で思い切り顎をどつく。そして足を離してやる。おっと、そのままじゃ倒れちゃう。危ないよー。僕は親切心を発揮して後ろに倒れ込みそうになった宝来の頭を抱え込んで顎に膝蹴りをぶちかます。
倒れられたら追撃できないルールだからな。まあ当然の行いだ。感謝しなくても結構だよ。宝来はふらつきながら後退する。
勝てる。このまま油断せず念入りに痛めつけよう。僕はすり足で距離を詰めて牽制に左拳を打ち出す。次に顔面を狙っての正拳逆手突きに繋げるつもりだった。
次の瞬間に予定は台無しになった。左腕を掴まれて一気に身体が折りたたまれ、無防備になった鳩尾に拳が入る。凄まじい力だ。先ほどとは出力が段違いだ。火事場の馬鹿力か?
続いて頭を抱え込まれる。これは!気づいた時にはもう遅い。僕の頬に宝来の膝蹴りが炸裂した。頭が揺れて何もできない僕を宝来は両手で押して吹き飛ばす。
僕はリングに背中を打ちつけて動けなくなった。でも立たないと。ここで立たなきゃ!
「・・・・・・ナイン、テーン!勝者、宝来 倫貴!」
え?いつの間にカウントが10になった?負けたの?あんな啖呵切っといて?
「アアアアアアアアアアアアアア!」
うるせえな。だれの声だよ?めっちゃ近くから聞こえる。・・・・・・僕だ。叫んでいるのは僕だ。
身体に勝手に力が入る。立ち上がれた。時間がたったから立ててしまったのだ。目から涙が止まらない。鼻水も止まらない。僕はトボトボとリングから降りた。
「みっともないですよ。自分から売った喧嘩じゃないですか。」
宝来め、容赦ねえ。いいじゃねえかよ泣いたって。無理やり開き直ろうとする。
「本当にみっともねえな。」
「実力は中途半端で、叫び声がうるさいね。」
「顔が汚けりゃ負け方も汚ねえな。」
他の探索者たちの悪口は他にもいっぱい飛んでくる。お前らに言われたくねえよ。同じ社会不適合者だろうが。
知ってるぞ。ここにはギルドの受付の人にゲロ吐きかける飲んだくれがいるし、受付の美人さんにしつこく絡む非モテ、探索の後に大声で周囲の迷惑も考えず汚ねえ歌声を響かせる不良パーティもいる。
「喧嘩を売ったことには後悔してねえ。負けたことが恥ずかしいんだ。」
自分より下の存在を見てなんとかギリギリで落ち着いたので口答えした。
「後悔しないから。いつまでも同じことを繰り返すんじゃないですか?何も考えずに生きてきたんですか?適当に生きてるからそうなるんですよ。」
「うるせえええええ!僕はいつだって全力だ。手を抜いたことなんて一度もねえ!手を抜けねえから辛いんだ。小さい頃からの夢なんて無理やり叶える必要はなかったし、勉強だって程々にやりゃよかった!」
的外れだが心を揺さぶる上から目線の指摘に耐えられず、余計なことまで口走ってしまう。だから僕は口喧嘩に勝てない。
「夢を追い求めたのはあなたの判断ですよね。自分で決めたことに文句をつけるんですか?適当に生きてる人の典型ですよ。よく考えずに進路を決めて失敗する。なるべくしてあなたは失敗したんです。」
若々しい理論だ。挫折も後悔もない奴の主張だ。馬鹿馬鹿しい。だからこそ眩し過ぎる。光を浴びせられて自分のどす黒さが浮かび上がる。我慢できずヘドロのような感情を吐き出す。
「自分で決めたことならどんな失敗しても文句の一つの許されないってか?人生は基本うまくいかねえ!全部自分のせいだなんて耐えられねえだろうがああ!言い訳したくなる時だってあるんだよ!」
「それがあなたの弱さですよ。」
「知ったような口を!もう一度殴り合うか?このヤロおおおおおお!」
コイツは強すぎた。強いから僕の弱さなんてわからない。無理解からくる無神経な発言が僕を苛立たせる。殴りたい殴りたい。ん?殴られた?
背中に強い衝撃が響き渡る。地面に手をついて後ろを向いた。それは小柄でよく知っている人物だ。でもその表情は一度も見たことがない。一瞬別人かと思った。
「探索すっぽかして二度も喧嘩するつもりでござるか?金剛寺殿!」
でもその癖が強すぎる口調を使う人物は少なくとみ知り合いでは一人に絞られる。服部だ。服部が涙を滲ませながら、怒りで顔を赤く染めていた。




