11話、空気は重く、魔術は強く
服部の寛大な対応に僕は己の徳の無さを嘆いたがよく考えると服は燃えているし、最下級ポーションも使わされた。
埋め合わせはしてくれるのだろうか?この最下級ポーションは昨日の稼ぎで購入したものでこれのせいで貯金ができなかった。
ついでに燃えた上着は支援団体から頂いたもので先ほどまで僕は二着しか上着を持ってなかったので貴重な一着が黒焦げになったということである。どうしてくれよう。
僕が服ではなく心に火をつけていると中村さんが申し訳なさそうな表情をして近づいてきた。ゆっくり口を開く。
「最下級ポーションはあとでお返しします。あと服は私のでよければ明日、持ってきます。」
「どうもありがとうございます。」
誠実な対応だ。こう返さざるを得ない。中村さんもいい人だ。もう誰を憎めばいい?利己的な自分か?
翌日、朝に中村さんは最下級ポーションと上着を渡してきた。上着は地味なデザインだが、前に僕が着ていたものと大差ない。僕はリュックに上着をしまった。
「まさかそのリュックに全部荷物を入れていますか?」
中村さんが僕の大きなリュックを見て、声を震わせて問う。確かに昨日、リュックからポーションも取り出したし、水筒を取り出しているのも見せた。あと昼食も、焦げた服の着替えも。だからこう答える。
「そうですよ。漫画喫茶で荷物の管理なんてやってくれないですからね。僕は生活に必要なものは全部持ち歩いてますよ。」
「拙者もでござる!」
服部も漫画喫茶暮らしか。伊藤さんはリュックの容量からして漫画喫茶で暮らしてなさそうだし、中村さんは昨日、雑談で妻と自分の老後の資金を稼ぎたいと言っていた。ローンを払うのが大変だったと言っていたのでマイホームを持っている。
つまり漫画喫茶暮らしは僕と服部の2人、前科持ちも僕と服部の2人。おまけに錬金術の使い手というところも服部と共通している。似たもの同士というわけだ。
漫画喫茶の話で空気が重くなった我々は迷宮へと向かう。服部と僕が前で伊藤さんと中村さんが後ろだ。迷宮に入って、少し歩くとゴブリンが寄ってきた。
4人もいるから足音とかうるさいのだろう。こっそり行動するのはちょっと厳しいかもしれん。僕が素早く前に出ようとしたところで、中村さんが手で僕を制す。僕は急停止。
「ウィンド!」
手から突風が吹き、細かい砂がゴブリンの全身を覆う。それは目にも付着する。ゴブリンはたまらず目を閉じた。僕は走ってゴブリンに近づき、踏み込むと同時に肩から剣で首を叩き切る。
首は両断こそできないものの喉は切れて大量出血。しかしゴブリンはまだ死んでない。だから僕は追撃でゴブリンに蹴りを入れる。
ゴブリンはふらつく。目は砂のせいで開けられないし、出血も多い。でもゴブリンは諦めない。魔物に諦めるという選択肢はない。常に全力で人間を殺そうとする。
ゴブリンは歩き回りながら棍棒を振り回す。みんなゴブリンから距離を取る。しかし確実にゴブリンが近づいてくる。よく見ると、気合いで目を開けている。砂まみれなのに。
伊藤さんの方にゴブリンが突っ走る。慌てた伊藤さんは僕がしていたようにゴブリンの膝に蹴りを入れる。
ゴブリンはつまずいて地面に転がる。ゴブリンはやはり諦めない。腕で地面を押して立ちあがろうとするが途中で力尽きて倒れ伏した。
僕はゴブリンを凝視する。死体についた傷は首だけ、首が切れているので血抜きのために喉を裂く必要すらない。理想的な死体だ。
血が流れ切るまで待った後、中村さんが大型のリュックを取り出して口を開ける。巾着袋のような形状のこれは僕が喉から手が出るほど欲しかったアイテムポーチである。
中村さんのリュックのサイズはポーチと似ても似つかないがポーチくらいのサイズの高級品が有名なので容量増加、重量軽減などの効果がついたバックは全部アイテムポーチと呼ばれている。
中村さんは会社員時代に貯めた金でアイテムポーチを買ったようだ。ゴブリン五匹は入るので数百万円もの金をつぎ込んだことになる。中村さんの探索にかける情熱は本物らしい。
それは体力や技能についても同じことが言える。伊藤さんはもうこの時点で息を切らしているがまだ中村さんは平気そうだ。聞く限り探索者になるために運動は欠かさなかったようだ。魔術も簡単なものしか使えないが、使えるものは磨いたらしい。
実際、突風を起こす魔術「ウインド」は普通なら射程は1メートルもない。中村さんは数メートル。ついでに無詠唱で土を生成する簡単な魔術を使ってから間髪入れず魔術を発動させた。
ちなみに昨日の火炎放射も低級な魔術らしい。とてつもない火力だったのでもともと威力の高い魔法かと思った。とにかくアイテムポーチは持ってるし魔術も役に立つ。
中村さんを追い出そうとした僕の判断は間違っていた。認識を直してから僕たちは毎日ゴブリンを狩った。一週間後、僕たちは次の一歩を踏み出すことにした。迷宮二層に潜る。




