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6話 団欒のアップルパイ

 朝食を済ませたら、再び厨房に戻る。

 今日は、手軽につまめるような保存性の良い焼き菓子を作り置きしておく予定だ。グランはいつもお昼は仕事しながら軽くつまめるものしか食べないとのことだったので、クッキーを作る。


 朝食を作るときに、冷蔵の魔道具から取り出し常温に戻しておいたバターに砂糖を加え、白くなるまでよく練る。そこへ卵と振るった粉類を入れてまぜたら生地は完成。今回はプレーンとココアで2色に分けた。海の向こうから輸入されたココアは伯爵家でもなかなかお目にかかれなかった代物である。

 生地を延ばして折り重ね、くるくると巻いて棒状になったら包丁で丁度いい厚さに切っていく。


 「ふふ、なかなか可愛く出来たんじゃない?」


 焼き上がったクッキーは渦巻き模様で見た目も可愛らしく、もちろん味も抜群だ。

 トルデルニーク商会で買ったバターはコクがあり風味が良くって、とても美味しいのだ。そしてそのバターを使ったクッキーももちろん美味しい。

 クッキーは1日寝かせると甘みが馴染んで美味しいけれど、せっかくなので焼きたても味わってもらおうとグランの執務室へ持って行く。


 「グラン様、失礼します」

 「む、何やら良い匂いだな。それは……クッキーか?」

 「はい、普段お昼はお仕事をなさりながら軽い菓子をつまむだけと伺ったのでクッキーを焼きました。よかったらお召し上がりください」


 机の上に紅茶とクッキーを乗せたお盆を置く。

 グランは嬉しそうに早速クッキーをつまんだ。


 「美味い! 朝のパンプディングも美味かったが、これも美味いな。サクサクほろほろで控えめな甘さとカカオの苦味がとても上品な味わいだ。アマレット嬢、君は天才なのではないか?」


 グランが絶賛してくれる。こんな風に人から褒められたのは何年ぶりだろう。明るく朗らかに褒めちぎってくれるグランは、アマレットの心を焼きたてのクッキーと同じくらい温めた。

 実家では使用人とは仲が良かったものの、皆アマレットが働いているのを見て申し訳なさそうな悲しそうな顔をするばかりだった。中には雑巾掛けをしているアマレットを見て唇をかみしめて涙をこぼしてくれたメイドもいる。それはそれで心に染み入る優しさではあったけれど。

 

 

 グランは忙しそうだったので、早々に辞去する。

 厨房の片付けを終えたら、今度は自分用のスープを作った。アマレットはお菓子ばかり食べるわけにもいかないので、せっかくだから自分の食事も作ることにしたのだ。これまではモカがサンドイッチなどを用意してくれていたけれど、どうせならじっくり煮込んだ野菜スープなども食べたい。グランに付き合ってお菓子ばかり食べていたらきっととんでもない体型になってしまうだろうから。


 そうして迎えた夕食は、グランの好物であるアップルパイを焼いた。生鮮の林檎は手に入らなかったため、林檎ジャムに、干し林檎のラム酒づけを刻んだものを混ぜて食感に変化を出す。シナモン砂糖で味付けしたフィリングは我ながら良い出来だ。


 焼きたてのアップルパイを、昨日と同じように食堂で皆で食べる。


 「アマレット嬢、何か困っていることや必要なものはないか?」

 「いえ、大丈夫ですわグラン様。むしろ厨房の使い心地があまりにも良すぎて、とても楽しいです」

 「そうか、それは良かった。本当にアマレット嬢はお菓子作りが好きなんだな。俺にとっては喜ばしい限りだが」

 

 グランは当初気難しい人なのかと思っていたが、むしろ困っていることはないかと何くれとなく気を遣って話してくれた。


 その温かな団欒にアマレットは喜びを感じると同時に、不安も覚える。

 あくまでアマレットは花嫁候補であり、そしてグランに結婚する気はないのだ。両親を無くしてから10年間、何も感じなくなっていた心に柔らかな風が吹き心を解きほぐされてしまう。そうして柔らかくなった心がまた寒々とした『家族』の居ない実家に連れ戻されてしまったら、どれほど傷つくことだろう。


 

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