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5話 始まりのパンプディング

 屋敷へ戻ると、待ちかねたように玄関へグランが出迎えてきた。馬車に積んだ荷物を馭者のクグロフが運び込んでいると、なんと侯爵であるグラン自らが荷物を運ぶのを手伝い始めた。


 「グ、グラン様!? 荷運びは俺がやりますので! なんで手伝ってるんですか!」

 「何、厨房へ運び込むのが早ければ早いほど菓子も早く作れるであろう」

 

 気のせいている様子でグランは小麦粉の袋を担ぎ上げた。

 

 「まぁ、グラン様、アマレットお嬢様は買い出しできっと疲れていらっしゃいますわ。お菓子作りは明日になさった方がよろしいでしょう」

 「大丈夫ですよ、モカさん。今から作っても少し遅めの夕食にはなります」

 「いや、すまない。確かに今日は休んでもらった方が良さそうだ。今から菓子作りなど、街まで買い出しに出かけた後のご令嬢に頼むことではなかったな」

 

 グランは少し反省顔で落ち込んでいた。ご令嬢とは言っても、アマレットはこれまで伯爵家で使用人同然に朝から晩まで立ち働いて過ごしていたのだが、それを言っても余計に人の良いグランを落ち込ませそうだったため、本日は黙って休むことにした。

 

 

 翌朝早くにアマレットは起き出した。昨日のグランがあまりにも楽しみそうにしていたので、せっかくだから朝食から作ってあげようと考えたのだ。

 朝のメニューはパンプディングだ。昨日の買い出しで帰りがけにパンを買ってきた。夕暮れに売っているやや硬くなったパンは液体を吸収する力が強く、パンプディングに最適なのである。

 まずは厨房でパンを適度な大きさに切り、耐熱容器に並べる。そこへ卵と牛乳と蜂蜜を撹拌して作った卵液を流し込んだ。パンが卵液を吸収している間に、生クリームをホイップする。パンが卵液を吸収し切ったら温めていたオーブンで焼きあげ、その上に新鮮なブルーベリーとラズベリーをのせて生クリームで飾り付けたら完成だ。


 「まあ、お嬢様。こちらにいらしたんですね。朝から作っていただけるなんて、ありがとうございます」

 「うふふ。あまりにグラン様が楽しみそうだったので、つい。皆様の分もありますよ」

 

 通いの護衛達と庭師の分は除き、住み込みの使用人であるモカと執事のロンガンの分を作っていた。

 ちゃっかり自分の分も用意しているアマレットである。


 「では、せっかくですから食堂へお運びしましょう。只今グラン様を呼んで参りま……」

 「呼んだか?」


 ひょっこりと厨房の入り口からグランが顔を出す。


 「朝から芳しい匂いがしたので起き出してみたら、何やら美味そうなものが出来ているな」


 ほかほかのパンプディングの匂いで駆けつけてきたらしい。グランの寝室は厨房とは離れているはずだが……。

 ともあれ、せっかくのパンプディングが冷めないうちに食堂へ運ぶ。この家ではあまり身分の別なく食事をとっているようで、モカとロンガンもグランやアマレットと共に食卓についた。

 

 「美味い! なんて素晴らしい朝食なんだ。パンに卵液が染み込んでぷるぷるとした独特の食感が最高なうえ、蜂蜜の甘い香りと、甘さ控えめのホイップクリームがとてつもなく良く合う! それにベリーの甘酸っぱさが絡んで……素晴らしい!」


 勢い良く食べ切ったグランは、匙を置くと同時に早口で巻くしたてた。その青灰色の瞳はキラキラと子供のように輝いている。と思いきや一転、子犬のようにしょんぼりと眉を下げた。


 「しかし、これほど美味いものを食べ切ってしまったのは残念だ。もう少し味わって食べれば良かったな」

 「グラン様、よろしければおかわりを作りましょうか? オーブンですと時間がかかりますけれど、フライパンで焼くならすぐに出来ますから」

 「本当かっ!?」


 陰っていた瞳が再び輝きだす。その姿は、年上の侯爵なのになんだか弟みたいで……。


 「ふふ、あははっ」


 アマレットは思わず微笑むのだった。

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― 新着の感想 ―
厨房にひょっこり現れたり、 美食家みたいなコメントしたり、 完食してしょんぼりしたり、 おかわりに喜んだり……グラン様が可愛すぎます。 アマレット、苦労したぶん幸せになってくれぇ〜と思いながら読んでい…
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