4話 お買い物へ行こう!
「では早速アップルパイを……」
「グラン様、もう夕刻ですよ。それにお屋敷には材料などないではありませんか」
厨房には器具類は揃っていても材料が無かった。グランは目に見えてしょんぼりと落ち込んでいたが、明日買い出しに出かけるとなると大量の金銭が詰まった皮袋を渡してきた。
さすがにこれほどのお金は受け取れないとアマレットが断ろうとすると、しかつめらしい顔で「できれば毎日菓子を焼いてもらいたい。その材料費と報酬だ。個人的に必要な生活用品などがあればそれも買ってくるといい」などと言う。
グランはすっかり開き直って母屋で毎日できたてお菓子食べ放題をするつもりらしい。
アマレットはアマレットで、初めてのお出かけと趣味のお菓子作りが出来ることにワクワクしながら就寝した。
翌朝である。
アマレットはモカと馭者兼護衛のクグロフを伴って馬車で街へ向かう。高台にある屋敷前の道から見える景色は綺麗で、港と大運河のほとりに存在する街並みは白い漆喰の壁と赤煉瓦屋根の家々が連なっている。アマレットがこの街に到着した時は曇天だったが、幸いにも本日は晴天。青い空に良く映える街並みにアマレットは馬車から身を乗り出して大興奮だ。
「わあ、綺麗! 風が気持ちいいわ!」
「ふふ、気に入っていただけたようで何よりですよ」
街の中に到着すると活気のある商店通りに向かう。
「砂糖類や嗜好品を取り扱っているのは街一番の大きな商会なのでそちらに向かいましょうか」
通りの中で一際立派な建物の前に着くと、看板に“欲しいものは何でも手に入る!トルデルニーク商会“と書いてある。
「いらっしゃいませ! モカ様ではありませんか。ラポストル公爵家で何かご入用ですか? あら? そちらのお嬢様は?」
店員らしき女性が出迎える。モカはこちらと面識があるようだ。
「初めまして。バクラヴァ伯爵家が一子、アマレットと申します。先日よりラポストル侯爵家に逗留しておりますの」
「まあまあまあ! それはそれは」
何かを勘違いしたのか、いや元々の王命を考えれば勘違いでもないのかもしれないけれど、やたらと微笑ましげな表情で見られた。
いたたまれない気持ちになりつつ、用向きを伝えると余計にあたたかい表情で微笑まれる。
「侯爵様のためにお菓子を……。承りました! 当店では粉類は小麦、からライ麦、アーモンド粉まで各種取り揃えておりますし、もちろん砂糖も蜂蜜も樹液蜜もありますわ! 今の季節ですと生鮮の果実はベリー類にプラム、干し果実は林檎に柿、ライチ等々各種取り揃えておりますわ」
「素晴らしいですね! ジャム類はありますか?」
初夏の現在、生鮮の林檎は季節ではないけれど、ジャムが手に入ればグランの好物であるというアップルパイを作ることができる。それに干し林檎のラム酒漬けなどを作ってジャムと合わせても美味しそうだ。
「もちろんご用意してあります。よろしければ商談室に参りますか? 試食も含めて商品をご紹介いたしますよ」
「ありがとうございます! ぜひお願いいたしますわ」
商談室は海辺の商会に相応しく、白と紺色で爽やかに整えられていた。調度品の趣味の良さからも商会の実力が窺われる。アマレットは性格こそ小市民的ではあるが、両親が健在の頃は伯爵令嬢としての教育を受けていたため目利きの力はあるのだ。
「こちらは干し林檎に、同じく林檎のジャム。シナモンは海の外より買い付けている上質のものとなりますね。それに砂糖は白砂糖だけでなく黒砂糖もございます」
結局色々と案内されて、小麦粉をたっぷりと林檎の加工品を各種、生鮮のブルーベリーにラズベリー、砂糖と蜂蜜と樹液蜜の大瓶を買ってしまった。グランの財布とはいえ、甘党の彼はお菓子作りの材料であればきっと喜んでくれるだろう。