あけましてガレット・デ・ロワ
お久しぶりです。なんと、書籍の予約が始まっております!
表紙も挿絵もとてつもなく可愛く仕上がっています! 何卒、何卒、お手に取っていただければ幸いです。
「年越しのお菓子?」
アマレットがモカに相談したのは、グランのための年始のお祝いについてである。
この国では年越しはみんなで楽しめるチーズフォンデュなどをして過ごすのが定番であるが、グランは甘いものしか食べられない。
せっかくの新年だ。特別なお祝いをしたい気持ちはあるが、グランが仲間外れになってしまうことは避けたい。
「それなら、甘いものでもチーズフォンデュができるようにするのはいかがでしょう? それに、年越しの特別なお菓子をご用意するとか……」
モカは年の功で、色々と提案をしてくれた。
確かに、甘いものでチーズフォンデュをすれば、グランも一緒に楽しめるだろう。
だが、年越しの特別なお菓子とはなんだろう?
アマレットが疑問符を浮かべていると、モカが答えてくれる。
「確か、シュトーレン公国では、年越しにガレット・デ・ロワを用意するのだと聞いたことがあります。親族がシュトーレンに嫁いでおりまして」
シュトーレン公国は、この国——コラーチェ王国の王妹が嫁いでいっているくらい国家間の仲がいい。それもあって、モカのように親族がシュトーレン公国と繋がりがあるという人も珍しくはなかった。
「まあ、そうなのね。ガレット・デ・ロワは今まで作ったことがありませんし、グラン様もきっと喜んでくれるわ」
アマレットは顔を輝かせて、早速レシピブックを手に取る。
お菓子作りの師匠であるボッシュボールから受け継いだレシピの中に、ガレット・デ・ロワもあったはずだ。
「それに、チーズフォンデュに合う甘い食材も選定しなくちゃ。モカ、今度のお昼、グラン様がおでかけで居ない隙に試食の会をしましょう」
「いいですわね! うふふ、ちょっといいお茶もお出ししちゃいましょうか」
こしょこしょ話をするように、二人は額を突き合わせてふふふと笑う。グランに喜んでもらうため、大勢でパーティーの準備をするのだ。
今まで人を寄せ付けずに孤独に生きてきたグランを知っている二人は、いつになく準備に気合が入っていた。
そして、グランが執務で昼にチーズフォンデュを少量作り、色々な甘い食材を試していく。
執事のロンガンや庭師のカシュー、護衛のクグロフとフリュイなども集まって、グランが美味しいと言いそうな食材を吟味する。
「アマレット様! このマシュマロ、美味しいです」
「あら、そう? ……ほんとだ! 美味しいわ」
マシュマロにチーズフォンデュをかけて食べると甘じょっぱくて美味しい。マシュマロのふわふわな食感にチーズのとろとろ感が絶妙だ。
「バナナも美味しいですよ」
バナナとりんごのドライフルーツ、それにフレッシュないちごなども用意していたが、フルーツもチーズフォンデュによく合った。
そうして準備を重ねて迎えた新年会。
アマレットは料理の準備を終えたら、いつもよりもドレスアップして食堂へ向かった。
食堂の暖炉にはすでに火が入っていて、赤々と燃えている。
暖炉の手前では、いつもよりも華やかな装束に身を包んだグランが安楽椅子に腰掛けている。
「グラン様、お待たせいたしました。お料理のご用意ができております」
アマレットに続いて食堂に入ってきたモカが、カートを押して運んできた料理をテーブルの上に並べ始める。
「む! 今日はチーズフォンデュか。ほう、甘いものも用意してあるのだな。これは楽しみだ」
グランはわくわくと目を輝かせて、モカの準備していくテーブルを見つめている。
「グラン様、ほら、お嬢様がドレスアップしてきたのですから、そちらをご覧になってください」
モカが食欲魔人のグランにちくりというと、グランはハッとなってアマレットを見た。
「ああ、アマレット、今日はいつにも増して美しいな。そのドレス、よく似合っている」
新年の祝いに着ると決まっている、新雪色のドレス。それに身を包んだアマレットは、いつもよりも少し神聖に見えた。
「ありがとうございます。グラン様も、いつもよりも凛々しくて素敵ですわ」
少し頬を染めたアマレットが、グランの装いを褒める。いつもとは違い、髪は結ばずに下ろしていて、サラサラの灰髪がジャケットの肩にかかっている。
「さあ、早速パーティーを始めましょう」
食卓の用意を終えたモカが、パンと手を叩いて言った。
主人と使用人の区別なく、皆が食卓に着く。
この暖かい景色も、ラポストル邸独特の文化となっていた。
「チーズがいい感じにとろけていますね。モカの用意してくれた魚介類も美味しそう!」
グランは食べられないが、海辺に面したラポストル領では魚介類が名産だ。新鮮なエビや白身魚のフライなどを前にして、アマレットはごくりと唾を呑んだ。
「アマレットお嬢様、こちらもどうぞ」
モカに差し出されて、エビをチーズフォンデュに潜らせて口へ運ぶ。
プリプリのボイルしたエビにとろりとしたチーズが絡まると、簡易的なシーフードグラタンのような味わいになった。
「お、美味しいですわ!」
「これ、最高ですね! 白葡萄酒によく合います」
ロンガンが嬉しそうにホタテを口に運ぶ。
グランも珍しく酒を飲んでいた。ハチミツとシナモンで味をつけたサングリアだ。
「このサングリア、美味いぞ。アマレットも飲まないか?」
「うーん、お酒はそんなに強くはないのですけれど、せっかくの新年ですから」
アマレットは新しいグラスを取り出すと、グランからお酌を受ける。
赤葡萄酒に桃といちごを漬け込んだサングリアは、アマレットがグランのために用意しておいたとっておきだ。
口に含むと、果物の甘酸っぱさに葡萄酒特有のキュッとした苦味、ハチミツの甘さとシナモンの香りが絡まり合って、とても芳醇な味わいだった。
我ながらいい出来だ、とアマレットは頷く。
「このワッフル、チーズフォンデュにすると最高だな」
グランは甘いものシリーズを自分の席の前に並べて、次々にチーズの波に潜らせていた。
ワッフルにマシュマロ、フルーツ類。子供の思い描く夢のような卓上だ。
一通り用意された食材を食べ切ってしまうと、モカが調理室からさらにデザートを運んでくる。
「グラン様、ガレット・デ・ロワですよ」
「おお、これはシュトーレン公国で新年の祝いに食べられている菓子だな! アマレット、こんなものまで用意してくれていたのか」
「はい。グラン様に喜んでいただけたようで、何よりですわ」
グランは貴族らしく上品に、けれども性急なしぐさでガレット・デ・ロワを切り分ける。一口口に運ぶと、カッと目が見開かれた。
「サクサクのパイ生地に、風味豊かで香ばしいアーモンドクリームのしっとり感のバランスが抜群だ。それに、ラム酒のアクセントが心憎いばかりに大人の味わいを醸し出している。アーモンドクリームに使われているバターは、近隣の牧場から仕入れたものだな? 新鮮な風味が鼻の奥に抜けるようだ」
いつもの早口でアマレットのお菓子を褒め称えながら、グランはパクパクと忙しなく手を動かしてガレット・デ・ロワを食べていた。
「うふふ、グラン様に喜んでもらいたくて作ったんです。とても喜んでいただけて嬉しいです」
アマレットは酒精で頬を上気させながら、グランの腕をとり、うっとりした顔で甘えるようにしなだれかかった。
「あ、アマレット!?」
「グラン様……えへへ、だーいすき」
「酔ってる……酔ってるぞアマレット! 大丈夫か? 水を飲むか?」
グランはアマレットの言葉に一瞬硬直すると、慌てたようにモカへと水を頼んだ。
「はい、グラン様」
モカはアマレットに甘えられてあたふたしているグランをにやにやと笑いながらも、コップに水を注いで手渡す。
「ほら、水を飲め、アマレット」
「うぅん。おみず、美味しい」
子供のように舌ったらずになっているアマレットに、グランは思わず目尻を下げた。
「グラン様ぁ、……今年も、ずっと一緒に居てください」
「ああ、もちろん」
酔っ払いの言葉と分かりつつも、グランはその言葉に、真摯に頷いた。
——グラン様とずっと一緒にいられますように。
アマレットは酔いの回った頭で考えながら、グランの腕の中で幸福な眠りについた。




