海賊編2
時は少し遡る。
キャロンはサントノーレの街中で散財をしていた。取り巻きの少女たちへ、自分こそがバクラヴァ伯爵令嬢に相応しいと吹聴しているところへ、近づいてきた男がいた。
その男は、灰色の髪に青灰色の瞳をして、どこかグランの面影を感じせる美丈夫だった。だが、グランとは違いどこか野趣に溢れた色香を漂わせていた。
そんな男に高貴な令嬢としてチヤホヤと声をかけられて、キャロンはその男にふらふらとついて行ってしまった。そうして、カフェテリアで眠り薬入りの紅茶を飲まされ、気がつけば船上にいたのだ。
「愚かな女だな。どこの誰とも知れない男について来るとは、伯爵令嬢が聞いて呆れる」
「なんですって! この縄を解きなさいよ! 私はバクラヴァ伯爵令嬢よ! こんなことして、タダで済むと……痛っ」
怒鳴るキャロンに、見張りの男が頬を打って大人しくさせた。暴力など振るわれたこともないキャロンは、それだけで怖気づき、激しく動揺してしまった。
「な、な、なんでこんなこと……」
「お前には、グラン・ラポストルの情報を吐いてもらう。バクラヴァ家はラポストル家と縁続きとなるはずだ。多少の情報は持っているだろうな?」
グランとよく似た男はそう言って、カップに酒精の強い酒を注いだ。
「さあ、これ以上痛い目を見たくなければ大人しく飲んでもらおうか」
脅されたキャロンは、もう一度暴力を振るわれる恐怖から逃れるように、その酒に口をつけた。酒は妙に薬品臭く、自白剤を盛られていた。
「さあ、グラン・ラポストルの情報について、知っている限りのことを教えてもらおうか」
「水竜公さま……かっこよくて、素敵で、でもアマレットにとられた……」
男があれこれと質問をしていくが、キャロンは大した情報も持っていない。苛立ったように、男はキャロンの縛り付けられた椅子を蹴り飛ばした。
「お前はバクラヴァ伯家の女なんだろう? なぜ縁続きとなるラポストル家の情報も知らない! グラン・ラポストルと結婚するという女はお前の従姉妹じゃないのか?」
「従姉妹……アマレット……、私から全てを奪った。いつも本物の伯爵令嬢面して、人に愛されて、忌々しい……。私は本物の伯爵令嬢にならなきゃ、お父様に認めてもらえないのに!」
キャロンは、虚な目で話しながら、ガタリと椅子を揺らした。薬の作用で、普段は無意識下に封印されている思いが溢れ出していたのだ。
「父に認めてもらえない、か……。ふん、哀れな女だ。だが、ほとんど何も情報は持っていないようだな。グラン・ラポストルをおびき寄せるエサ程度にしかならないか」
男は興味を失ったように、キャロンを放置すると、海の向こうを睨みつけた。
海流は未だ、渦巻くように船を取り囲み、サントノーレ軍の接近を許していない。だが、水竜公グランの力が海流へ干渉しようとしていることは感じられる。キャロンを取り戻すべく、水竜公は動いているのだ。
それならば目的は果たせると、男はにやりと嗤った。
船上の人々が、一部の見張りを残して寝静まった頃、甲板へ黒い影が現れた。
グランである。
海流を操り、一人海賊船へと接近したグランは、水を柱のようにして自分を甲板まで押し上げると、暗闇に乗じてキャロンを探し始めた。
見張りが二人いる小部屋のドア。明らかに怪しいそこにキャロンがいる可能性を考え、グランは水を操って見張りの喉を塞いで気絶させると、手早くドアの中に潜り込む。
「待っていたぞ、グラン・ラポストル」
しかしそこには、キャロンを誘拐した主犯の男が、壁に背を預けて待ち構えていた。
「なっ、貴様!」
キャロンは、椅子に縛り上げられて主犯の男の隣にいた。人質を握られているのを前にして、グランは容易に手が出せなくなる。
「グラン・ラポストル。200年に渡る因縁に決着をつけさせてもらおうか」
男は、ゆっくりとドアの向こうへ顎をしゃくると、グランに甲板へ出るよう促した。
「200年に渡る因縁? どういうことだ、貴様は一体何者だ」
「我が名はカシス・ラポストル。200年前にラポストル家を不当に追放された長子の子孫だ。貴族として、貴様に決闘を申し込む」
「200年前に……。家系図で見たことがある。まさか、オランジェットの子孫か?」
かつてラポストル家にはお家騒動が起こったことがある。後継者と目されていた長子が、突然出奔したということになっているが、実際には海へと葬られたのではないかという話が伝わっていた。
「そうだ。離れ島へと漂着した我が祖、オランジェットは、そこで代々血を繋ぎながらラポストル家を取り戻す日を待っていた! この俺もまた、父にそう言い聞かされて育ってきたのだ!」
「そう、か」
グランは何かを考え込むように虚空を見つめると、不意に頭を下げた。
「我が祖先の暴虐を謝罪する。あなた方が今まで不当に島で過ごしてきた分の補償も行おう。だからこのように愚かなことは、もうやめるんだ」
「なんだと!? 200年に渡る恨みが、そのようなもので晴らされるものか! 貴族として大人しく決闘を受けろ! グラン・ラポストル!」
「……わかった。だが、その前にキャロン嬢は解放しろ。まさか人質を握ったまま『貴族として』決闘をするつもりじゃないだろうな?」
カシスはただの無法者ではない。貴族としての誇りを胸に生きてきた男であった。その誇りが、グランの言葉を受け入れさせる。
「いいだろう。この女は解放してやる。船員にも手出しはさせん。だから俺と一対一で決闘をしろ!」
「わかった」
キャロンを縛り付けていた縄を、カシスが切り裂く。不意に解放されたキャロンは、涙目でうずくまった。
「なんで、なんで私がこんな目に! グランさま、助けてください!」
キャロンは、曲がりなりにもアマレットの従姉妹だ。虐げられていたとはいえ、アマレット自身はキャロンには恨みはなく、むしろ心配している様子だった。無事に連れ帰らなかれば、アマレットにも顔向けできない。
愛しい婚約者の心の平安のため、グランはキャロンを無事に連れ帰るべく、甲板へと足を向けた。




