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3話 お菓子作りへの道

 「というわけで、お嬢様。何かしたい事はありませんか? 外に出かけるのだって、色々遠慮なさっているでしょう?」


 そうは言われても居候の身分であれこれ要望を言うのはアマレットには難しかった。なにせずっと冷遇されて育ったのだ。急にご令嬢扱いされても、それを楽しめるかと言ったらまた別の話である。

 

 「え? うーん。正直遠慮はしていますけれど、遠慮しないでって言われてもやっぱり気が引けるものは気が引けるわ。そうね、それだったらお菓子作りをさせていただけないかしら」

 「お菓子作り、でございますか?」

 「ええ。グラン様は甘味がお好きなのでしょう? 元々私はお菓子作りが好きだったので、侯爵家のお役に立ちつつ自分も好きな事であれば遠慮なく楽しめると思うの」

 

  菓子作りであれば雑巾掛けよりもモカを戸惑わせないで済みそうだし、お世話になっているグランの役にも立てるのではないかとアマレットは考えた。


 「なるほど、それならグラン様もお喜びになると思います。グラン様のお食事はいつも町の菓子職人が運んでくるので、現在厨房はほとんど使っていないのです。器具は揃っていますから、まずは材料の買い出しに参りましょうか」

 「え? お食事を菓子職人が? お菓子以外のお食事はどうしてらっしゃるの?」


 まさか、菓子以外を食べないわけでもないだろうと驚きの声を上げる。


 「グラン様はお菓子以外のお食事は摂られないのです。どうも水竜の血を引く方はとても偏った食事をなさるようで、これまでにも魚しか食べない方や、木の実しか食べない方などもいらっしゃったようです。それでも健康に害がないとのことですから、不思議ですよね」

 「そうなの。でも毎日お菓子だけ食べていて健康を害さないのは羨ましいですわね」

 

 なんて羨ましい体質なのだろう。アマレットは菓子を食べるのも好きだが、いつも作った菓子を自分1人では食べきれずに厨房の使用人たちと分け合っていた。それに叔父達は知らない話だが、アマレットの作った菓子が食卓に上ることもあったのだ。

 

 「それでは、グラン様の許可をいただくために交渉いたしましょう!」


 モカは決然と宣言した。


 「え? でも厨房があるのは母屋でしょう? 母屋には入らないように言われているわ」

 「そこも含めて交渉しましょう! グラン様が母屋に人を入れない事情は色々ありはするのですが……。使用人一同、このままでは良くないとずっと思っていたのです。アマレット様ならきっと大丈夫ですわ! それに、甘いもののためならグラン様も許可なさるはず」


 何か事情があるならそこに踏み込むのは躊躇われはするが、なぜか燃えているモカに説得されて、ひとまず母屋へ向かってグランと交渉することになった。


 「菓子作りか……」

 

 モカが事情を説明すると、グランはボソリと呟いて顎に手を当てた。初日に会った時はきりりとしていた眉が今は悩ましげに寄せられている。


 「菓子を作ってもらえるならありがたいが、厨房は屋敷の母屋にしかない」

 

 やはりダメだろうかとアマレットは落ち込んだ。母屋の厨房をモカに見させてもらった時、伯爵家よりも広く設備の整った厨房にワクワクしていたのだが。


 「でもグラン様、例え結婚しなくても後見人としてアマレットお嬢様をお屋敷の住人に迎え入れると仰ったじゃないですか! お嬢様の事情をご存知だったのでしょう? そのお嬢様がせっかくグラン様のためにお菓子を作りたいと望んでいるのですから」

 「む……、その話は……」


 グランは結婚するつもりはなくても、アマレットをこのままここに置いてくれるつもりだったらしい。

 侯爵家が後見人として後ろ盾になってくれるのであれば、叔父から横槍を受ける必要もなく、ゆっくりと将来について考えることもできる。


 「バクラヴァ伯爵家の事情は聞き及んでいる。結婚するつもりこそないが、陛下もご心配なさっていてな。未婚の女性を花嫁候補として逗留させるのは将来への妨げになると反対したのだが……。離れも長く人が住んでいないせいで傷み始めているので、もし君が嫌でなければ離れの管理人として住んでもらえればと……」

 

 バクラヴァ伯爵家の事情を知った上でそのように考えていたとは、グランは結構なお人よしであった。


 「そう、だったのですね。詳しいことも知らずお礼が遅れましたことお詫びします。本当にこちらに来てから良くしていただいて、感謝申し上げます」

 「気にするな。これは陛下からの頼みでもある」

 「もう! グラン様、話が逸れていますよ。それで、母屋の厨房を使うことですけれど、よろしいですよね?」

 「モカ、ありがとう。グラン様、お世話になっているなら尚更お菓子作りでご恩返しがしたいです。もし何かご事情があるなら無理にとは言いませんが、母屋の厨房を使わせていただければ、焼きたてのお菓子をご提供することもできますし」

 「……焼き、たて……だと!?」


 なぜかグランが固まった。

 この屋敷は街から少し離れたところにあり、街からお菓子を配達させているのであれば焼きたての菓子を食べることは難しいだろう。母屋で作りたてのお菓子を提供すればグランに喜んでもらえるのではないかと考えたのだが、何か不興を買ったのだろうか。

 アマレットが困惑していると、グランは遠い目をしてぶつぶつと何か呟き始めた。

 

 「焼きたて……焼きたて……いや、しかし」

 

 「アマレットお嬢様、アップルパイなどはお作りになれますか?」

 

 そんなグランを放っておいてモカが尋ねる。


 「え? はい、作れますが」

 「グラン様。グラン様のお好きなアップルパイもお嬢様は作れるそうですよ。焼きたてだとサックサクで、熱々のりんごがとろりとしてそれは大層美味しゅうございましょうねぇ」

 「ぬ……うぅ。わかった。母屋を使うことを許可する!」


 よし、とモカがガッツポーズをした。

 グラン様、見た目は強面だけどなんだか可愛いな、とアマレットは思ったのだった。 

お菓子の名前はわかりやすさを優先して現代日本に準拠しています。

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モカさん、グラン様の扱いに慣れてますね! 焼き立てお菓子に惹かれてるグラン様かわいい〜
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