クラスト少年の憂鬱2
「まあまあまあ、よく来たわね! クラスト。さあ、ゆっくりしていってね」
アマレットに会いに行きたいというクラストからの手紙を受け取ってからというもの、アマレットは大層ワクワクしていた。
なにせずっと可愛がっていた従兄弟の少年に会えるのである。そのウキウキぶりは傍目にも明らかであった。
グランもまた、喜ぶアマレットを微笑ましく見守っていたのだが……。
「あ、アマレットねえさま。会いたかったよぉ……」
だいすき、と言いながらぎゅ、とアマレットに抱きつく少年を見て、グランは「むむ」となる。
「あのね、父上がごめんなさい……。アマレットねえさまのしさんをおうりょうしたって聞いたよ。僕らもそのおんけいにあずかっていたから同ざいだって。だからあやまりに来たの」
「まあ、誰がそんなこと言ったの? クラストは何も悪くないわ。でも、会いに来てくれてありがとう、とても嬉しいわ」
アマレットはクラストを抱き上げて、頬にキスをした。
グランはさらに「むむむ!」となる。しかしここは大人の余裕を見せたい男の意地、「よくきたな、クラスト君。ゆっくりしていくといい」と言った。
「ラポストルこうしゃく様、この度はとつぜんのほうもんをお受けいただき、ありがとうございます」
クラストは聡明で礼儀正しい少年だった。
「あ、ああ」
こうもきちんとした少年では、グランとしても受け入れざるを得ない。大人として。
「アマレットねえさま! お話ししたいことがいーっぱいあるの!」
いーっぱい、と言いながら両手を広げてどれだけたくさんかを示すクラストの愛くるしい様子に、アマレットの口角は上がりっぱなしだ。
なんとなく疎外感を覚えるグランであった。
「あのね、それでね! おばあさまはとっても厳しいけれど、気になることを聴いたら何でも答えてくれて、たくさんいろんなことを教えてくれるんだよ!」
「そうなの。良い方に引き取られたみたいで安心したわ」
「それからね、りょう民の人たちともなかよくなったんだよ! りょう民を知ることは、りょう地を知ることなんだっておばあさまがゆってた」
「素晴らしい教えだわ。きっとクラストのおばあさまは本当に素敵な人なのね」
クラストが毎日楽しく暮らしているようで、アマレットは安心した。ただ、一つ気がかりなのはクラストの姉であるキャロンの話題が出てこないことだろうか。
「それでね、アマレット姉様。キャロン姉様が謝りに来なくてごめんなさい」
「まあ、クラストが謝るようなことではないわ。良いのよ、そんなことは」
「でも……」
「クラスト、あなたはまだ小さいのにいろんなことを背負っているわ。もっと肩の力を抜いて良いのよ」
「うん……」
まだ小さいながらに責任感も強く、家族の罪まで背負っている様子のクラストに、アマレットとグランは静かに心を痛めた。
その日の夜。
クラストを寝かしつけた後、アマレットとグランは、二人で紅茶とお菓子を楽しみながら、話し合いをした。
「グラン様、少し相談したいことがあるのですけれど……」
「何だ? アマレット、何でも言ってくれ」
「クラストをバクラヴァ家の跡継ぎとすることはできないでしょうか? あの子は領地や領民のことをよく考えていますし。その……私とグラン様の子ができたとして、水竜の血を容易に他家に流出させるわけにもいきませんでしょう? いずれ後継者問題が出ると思うのです」
「ふむ、確かにバクラヴァ家の後継問題は考えなければいけないな」
アマレットもバクラヴァ家当主となってから、バクラヴァ領のことはよく考えるようになっている。今は代官もいるが、いずれは自分で執政の中枢にも携わっていくつもりだ。
「その場合は養子とする形になるだろうが、祖母殿に大層懐いているようだからな」
「引き離すのはかわいそうだと思うのです。それにあの子のお祖母様は、話を聞いている限りあの子を領主として育てようとしているようにも思えます。あちらの男爵家には後継の男児がいたと思うのですが、もしやバクラヴァ家の事情もご存じの上でそのように考えているのではないかと」
キャロンとクラストの母方実家である男爵家は、後継者もおり運営が落ち着いていると聞く。その中でもクラストに領民や領地に関する考え方、心得を説いているのは、クラストがバクラヴァ領の後継となる未来を見据えてのことではないだろうか。
いずれにせよ、アマレットがラポストル家に嫁ぐ以上、その水竜の血をバクラヴァ家に流出させるならば国王陛下の許可もいる。水竜の血は国家運営に深く関わる強大な力だからである。
「本人の意思を尊重しつつ、祖母殿に話を通すのがいいだろうな。あちらで教育がきちんと行われるようであれば、今日のように時折遊びに来てもらうという形でもいいだろう」
二人は、まだ幼いながらにも道理をわきまえており純粋なクラストの未来を案じながら、夜更けまで話し合った。
その姿は、子供の将来を案じる夫婦そのもののような姿であった。




