22話 バクラヴァ領、再び
夜会の後、その足で国王へ婚約の報告をした。
「だから言ったであろう?」としたり顔で笑う王に、グランは少し悔しそうだったが、最終的にアマレットを引き合わせてくれたことに対する感謝を述べていた。
さて、魔力操作がある程度形にもなったため、バクラヴァ領を経由し、ラポストル領へ帰還する予定となった。
バクラヴァ領の屋敷へ到着し、婚約を報告すると、爆発的な歓声が上がった。
「お祝いに腕によりをかけたケーキを焼きましょうかの」
そう言ってボッシュボールは非常に繊細な竜の飴細工とアマレットを模した砂糖菓子が飾られたケーキを作ってくれた。
アマレットの砂糖細工は、あまりにも可愛らしくてグランはどうしても食べられず、アマレットがひょいと食べてしまった。逆に、竜の飴細工はアマレットの方が食べられず、グランが食べた。
そんなところでも相性のいい二人に、屋敷の面々まで幸福そうだ。
バクラヴァ領を立つ時には、アマレットと親しい使用人がラポストルの屋敷まで着いてくることになった。バクラヴァ領とラポストル領は、キャロンのように無計画な人間が突然襲来できるくらいには街道が整備されており、近在でもあるが、だからと言って頻繁に移動ができるわけでもない。
屋敷の管理を任せるための使用人以外は、アマレットに帯同することになったのだ。
領地経営については侯爵家の飛び地と同じく、代官を置いて頻繁にやり取りをしながら、数ヶ月に一回は視察に赴くことになるだろう。
グランとともに旅をするのが、アマレットは好きだったので、ひっそりと楽しみにしていた。
将来について考えては、幸福に身悶えするような、そんな折のこと。
バクラヴァ領の屋敷に孤児院の面々が訪ねてきた。
「ごりょーしゅさま、こんにちは!」
「はい、こんにちは。みなさん揃ってどうなさったの? 何か困り事かしら」
突然の訪問に、何か問題が起きたのかとアマレットは心配する。
「いえ、子供達がどうしてもアマレット様にお礼をしたいと言って。貴族の方にこのような素朴なものはと思ったのですが……」
付き添いで来た孤児院の副院長がそう言う。
子供達が差し出した籠の中にはこんもりと盛られた木苺が入っていた。
「これ、孤児院のお庭で育ててるんだよ! です!」
「お菓子作りがお好きだと聞いたものですから……」
「まああ! 嬉しいわ! 是非お屋敷へお上がりになって、これでケーキを作ってみんなで食べましょうか」
アマレットはあまりの嬉しさに瞳を輝かせ、るんるんと跳ねるように屋敷の中へ子供達を案内する。
「そ、そんな、よろしいのですか? お菓子を作るには高価なお砂糖なども使うのでしょう?」
「私が食べて欲しいのですわ。私、お菓子を作るのも好きですけれど、美味しそうに食べてくださる方のお顔を見るのはもっと好きなの!」
そう言ってアマレットは、早速木苺でお菓子を作る。子供達もお腹が減っているだろうから、今日は簡単に、木苺とホイップクリームをたっぷりのせたパンケーキにしよう。
年長の子達は一緒に生地作りを手伝い、年少の子供達は木苺を洗ったり、ヘタを取ったりなどの簡単な作業をお手伝いする。
些細なことでもアマレットはよく褒めちぎるものだから、子供達も鼻高々で楽しそうだ。
子供達はあっという間に、「アマレットねえさま、アマレットねえさま」と言って懐き始めた。
そんな姿を、子供達を萎縮させないように厨房のドアの影にちんまりと隠れて覗くグランは、アマレットは子育ても上手そうだな、などと考えて一人口元が緩んでしまう。
出来上がったパンケーキを食卓に並べて、皆で食べた。
子供達は、「これはぼくがかざりつけたんだよ!」「このクリームは私が泡立てたの」と口々に誇らしげに、副院長先生に向かって話していた。
その日、バクラヴァ家の屋敷には、アマレットの幸せそうな笑い声がずっと響いていて、使用人達はこっそりと涙したのだった。
そんなバクラヴァの領地を、生ぬるく湿った風が吹き抜けていった。
明日は2回更新、最終回となります。お楽しみに。




